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家族を看取る(「死ぬ瞬間 死とその過程について」)

医師は、訴訟を起こされる可能性も考え、救急車で運ばれて来た患者に延命措置をしないという選択肢はほとんどないと先日もテレビで放送していた。例えそれが、医師から見て、寿命を迎えた超高齢者の場合でも。(→「クローズアップ現代」公式サイト

以下青字部分は、末期患者の心理や「死をどう考えるか」を易しく解説した1969年発行の名著からの抜粋。(44年経った今でも必読本だと思う。→アマゾン


  「死ぬ瞬間 死とその過程について」  E..キューブラー・ロス著/鈴木晶訳

死はますます孤独で非人間的なものになりつつある。
それは、患者が、慣れ親しんだわが家から運び出され、緊急救命室に急送されるからだ。

(略)私たちは、(略)患者のことをもっと考え、(略)大騒ぎはやめ、患者の手を取り、やさしく微笑みかけ、質問に耳を貸したほうがいいのではないか。

(略)入院すれば助かる命を助けてはならないなどと言っているのではなく、患者の経験・要求・反応に焦点を合わせようと言っているのである。                          

(略)言葉をこえる沈黙の中で臨死患者を看取るだけの強さと愛情をもった人は、死の瞬間とは恐ろしいものでも苦痛に満ちたものでもなく、身体機能の穏やかな停止であることがわかるだろう。

人間の穏やかな死は、流れ星を思わせる。
広大な空に瞬く百万もの光の中のひとつが、一瞬明るく輝いたかと思うと無限の夜空に消えていく。

(略)一人ひとりが唯一無二の存在であることがわかる。
そして(略)寿命には限りがあることを改めて認識させられるのだ。         

*このブログ外の関連記事「「癌名医が末期癌に—それでも治療しないと語る理由
この記事で神代尚芳医師(67)の語る「死は人生を完成させるもの」という考え方は、キューブラー・ロスの訴え続けた考え方と同じ。

*カテゴリ:「死を受け入れるために

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蒲公英(タンポポ)
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伯母の最期

東京から伯母の状態が悪いと連絡があったものの、すでに夜遅く戻る手だてがなく困り果てていたときに、偶然にもクローズアップ現代「凛とした最期を迎えたい」の再放送をやっていました。

何度も終末医療に関して考え、介護スタッフからも意見を聞き、「延命はしない」と決め、書類も提出してありました。
酸素飽和度が50%を下回っていたのが、90%台まで持ち直し安心したのも束の間、私の代わりに付き添っていた娘から、静かに息を引き取ったとの電話が入りました。
始発の新幹線まで、私がじりじりと気を揉むのを気遣って逝ったのかもかもしれません。

食事が充分に摂れなくなってから1年以上、段々と痩せ細り、水分とお菓子を少し口に含むのがせいぜいになってしまいましたが、亡くなる数日前まで冗談を言うような伯母でした。

東京に帰ったら、レビーの特徴であるペンの手を撮影する約束をしばちゃんとしていたのに、やっと伯母に会えたときは、胸の上で組まれた冷たい手でした。でも、それはそれは安らかな表情で、入れ替わり立ち替わり部屋に来てくれた介護スタッフが、「わ~、キレイだね~」と笑顔で見送ってくれました。

出棺の際の喪主挨拶の中に、「人として自然な形で最期を迎えられたのは、医療の発達しすぎた現代においては有り難いこと」という一文を加えました。あの時無理矢理にでも救急に運べば、少なくとも私が到着するまでは命を長らえたと思いますが、住み慣れた部屋で家族や介護スタッフに見守られながら天寿を全うできて良かったと思います。

No title

しばさん、こんにちは。

どんな形で来るのかはわかりませんが、レビーの母にいずれ訪れるその時に、自分がどのようにしたいのか、考えておかないといけないと常々思っています。

のぞみのない延命治療を選択しない決断をする勇気を持ちたいと思っていますが、いざ遭遇した時にそうできるか自信がありません。

「人間の穏やかな死は流れ星を思わせる・・・」
こんな風に考えられたらいいですね。

この本を読んでみようと思います。

人間らしい穏やかな旅立ち

伯母様が、静かに安らかに息を引き取られたと伺って、本当に良かったと思いました。
ご冥福をお祈りします。


もう20年以上前、デーケン神父が「死への準備教育」の必要性を懸命に説いていらっしゃいました。(私も青山で講演を聞きました。)
けれどもそれが普及したとは、まったく思えません。

少なくない人が、延命治療について、よく知らないまま、曖昧なイメージだけで「賛成」「反対」と言っているように思えてなりません。
具体的に何がなされて、どんな状態、どんな姿になるのかを私たちは、知るべきだと思います。

また人間がどんな風に弱り、どんな風に死んでいくのか、自然な死の過程というものが、どういうものなのかを知る必要もあると思います。

実際には、色々なケースがあるわけで、(肺炎で苦しんでいたり、色々な持病が悪化していたり、胃ろうであったり)状態も死生観もお一人お一人違うので、決して単純な問題ではないのですが・・。

この問題は、冷静に(感情的にならずに)学び、深く考えたいと思っています。

もう古いし(20年近く前)、かなり恥ずかしいですが、私が、がんセンターとホスピスで傾聴ボランティアをしたときの体験を書いたものがあります。もし興味のある方がいらっしゃれば・・。
http://seseragi.way-nifty.com/mizu/volunteer.html

よしさん

私も母が進行したとき、肺炎などで苦しんだとき、実際にどういう決断ができるのか、わかりません。
頭で考えることと、心で感じることは、違いますから。
ただ、より冷静であるためには、知識が必要だと思っています。
クリちゃんの伯母さまのように安らかに旅立たせてあげられたらと思っています。
最後は、天に任せる感じなのでしょうか。人間の生死は、人間のコントロールの外にあると思います。


プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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