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9月の1回目の帰省 2日目(前半)父受診の準備

朝、高血圧だと通所施設から言われた兄を連れて病院に行く。
血圧は正常。毎日計って記録をつけるように言われる。
兄には、血圧の計り方の指導もしてくれるが、父にも兄にもそれを実行する力はない。
兄の通う通所施設に血圧計があれば、そこでしてもらおうか・・と思う。

その後、父の受診予約を入れた病院に行き、明日、診察の前にするはずだった30分の問診をしてもらう。
父は、30分も待てず、その間に怒って帰ってしまう可能性が大きい。
男性看護士数人で父を取り囲んでもらえないかと依頼する。(電話でもしてあったが、確認のため)
電話ではOKをもらっていたが、受付で話すと男性スタッフが出て来て言う。
「人権問題になりますので、受診拒否をする方を無理矢理押さえつけて受診させることはできません。保健所にそういう人がいますから、保健所に行って下さい」

帰宅して3人分の昼食の準備をし、保健所に行く。保健師と面談室で2時間半話す。
「大勢で取り囲めば、男性の場合は、大抵大人しくなりますよ」何でもないことのように言う。
私は、父をだまして連れて行き、診察室に入ってから「実は、今日は健康診断をしてもらうために来た」と言うつもりでいた。それ以外に、父を病院に連れて行く方法はないと考えていた。
しかし保健師は、それでは医師によっては怒り出すと言う。「では、待合室で」と言うと、待合室で大声を出されたり、暴れ出されると他の患者の迷惑になると言う。
保健師「だますのはまずいです。2回目の受診を拒否します。自宅か、車の中で説得できませんか?」
私「無理です。父は、自分が100%健康だと信じています。車は父が必ず運転しますから、そのまま自宅に引き返して終わりです。2度と病院には行きません」
保健師は、何度も病院に電話し、通常の診察室ではなく、救急患者が入る裏口から入りましょうと言う。
「急なことなので2人しか出せませんが、とにかく帰らないように最大限の努力と説得をします。
場合によっては、そのまま入院という可能性もあります。その場合、奥様ですと手続きは簡単ですが、娘さんが手続きとなると裁判所に行ったりする必要が出てきます。明日からお兄さん(重度知的障がい)をどうするかという問題も発生します。市役所に行って福祉課に相談して下さい」
明日から入院・・・?!
私が開こうとしている扉は、いったいどこに繋がっているのか・・?! 
急に寒気を感じる。
でもこうするしかない。他に道があるのか?

その足でお墓参りと伯母の家に行き、明日2時に○○病院に来て欲しいと伝える。
詳細は、帰省前にメールで知らせておいた。
伯母「私なんかが行って何か役立つ事なんてあるの?」
私「うん。伯母さんがいてくれるだけで、お父さん、落ち着くと思うの。ごめんね。お願いします!」

次に市役所に行き、障害者福祉課に相談。兄の通所施設とショートステイの施設と連携を取りながら、明日からのことに何とか対応していくよう努力しますと言われる。

夕方、やっと母の所に行ける。本当は1日中付いていてあげたいのに・・・。
母は、昨日と同じ。私の顔を見てもほとんど喜ばない。
話していると「立ちたい」と言うので、職員に声をかけ、車椅子から立たせようとすると「やめて下さい」と言われる。「危険ですから」(母は、4回転倒骨折をしている。)
『これが施設に入るということか・・』と思う。
転倒骨折してまた大手術をするのがいいのか、このまま歩けなくなるのがいいのか・・・。
父も母の歩行訓練をさせようとして断られてから「こんな所にお母さんを置いてはおけない!」と言い出したらしい。

母は、隣に座っている2人の入居者を○○ちゃん(親戚)やその子どもだと思い込んでいて話しかける。
母「○○ちゃん、こんな所で油売ってていいの?○○さん(彼女の夫)のご飯作らなくていいの?」
「私、雅子っていうんですけどねぇ・・・」とそのおばあさんは苦笑いしている。

母が、金婚式記念に撮った写真を見たいというので、部屋から額を持って来て母に見せ、2人にも見せて説明する。
「まぁ、きれい!」「なんて素敵なご夫婦!」と盛んに褒められる。
母は、終始無表情なままだ。
去年の2月に私と妹で金婚式のプレゼントとして写真館で撮影してもらった。
化粧も髪のセットも貸し衣装も込み。決して美人とは言えない母が、どこかの上品な奥様のように写っている。
その写真(アルバムも)を母は、とても気に入り、元気な頃から誰にでも見せては、撮ることを強く勧め、どんなに認知症がひどい状態の時でも常にその写真を見たがった。
撮影の日、実家に電話した時のことを昨日のことのように思い出す。
「お父さん、カッコ良かったよぉ!」と母が言い「お母さんこそ、きれいだったぞ!」と父が言った。
たった1年半前のことだ。
2人が寄り添う写真を無表情に見ていた母は、ふと、納得したようにつぶやく。
「(父と)一緒に死んだら(葬式の遺影には)これを使えばいいね」











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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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