本「それでも脳は学習する」

山田規畝子著「それでも脳は学習する」(講談社)を強くおすすめします。

著者は、元医師にして非常に優れたライターです。
脳出血、脳梗塞によって高次脳機能障害を負い、その障害についてユーモアと鋭い観察眼で綴っています。

高次脳機能障害は、交通事故による脳損傷などでも起こります。
「博士の愛した数式」(小川洋子著)を読んでから私も興味を持ち、調べましたが、「脳の損傷場所や程度により出る障害は多種多様」としかわかりませんでした。

この本を読むと高次脳機能障害を負った方が、どんなことにどんな風に困り、どう感じているのかということが、臨場感を持ってひしひしと伝わって来ます。
むせるので薬を飲むのに苦労するとか、トイレの流し方がわからないとか、言われて初めてわかる困難でいっぱいです。

高次脳機能障害の方の多くは、健康な人に見えますから、周囲からの理解が余計に得られにくいという理不尽な現実もあります。

この本を読んでいると脳の病気である認知症やうつ病、躁うつ病、統合失調症などとも共通する部分がとても多いと感じます。

自分のできないことを発見するたびにうんざりして鬱(うつ)になるとか、季節や天候によって頭重感に悩まされたり疲労感が激しいとか、日常生活で繰り返す様々なミスは、(程度の差はありますが)私もうつ病と診断されてから長い年月抱えてきたことです。
こうしたミスを職場で激しく叱責されると悪循環が始まり、辞めざるを得ない状況にまで追い詰められます。
ミスを繰り返し、信用をすっかり失い、体調も最悪の中で自尊心を保つことは、とても難しいことでした。

認知症も同じだと思います。
病識がなくなるといわれるアルツハイマー型であっても、自分がどこにいるのかわからない、服をどう着ればよいのかわからない、トイレで何をどうすればよいのかわからないということが、平気であるはずがありません。
どれほど困り、不安になり、精神的に追い詰められるだろうかと思います。
そんな不便が一日中絶え間なくあるのです。

レビー小体型認知症では病識も記憶も保たれ、母のように「迷惑をかけるばかりだから、早く死にたい」と言うことは、珍しくないようです。

この本を読むと障害(病気)を持つ人の立場から(その人の身になって)障害(病気)を考えることの重要性も教えられます。

<関連記事>
*認知症を患いながらその体験を本に書いたクリスティーン・ブライデンさんの記事

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山田規畝子さん 
山田規畝子オフィシャルサイト「壊れた脳 生存する知」より
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No title

娘が高次脳機能障害で、常識的に普通出来ることが出来ません。トイレを流せるようになったのも高校生になってから。目の前にあるものが見つけられない、人の名前や顔が覚えられない、地図が理解できない、耳から聞いたことは理解できないなど色々です。
勉強も数学は3点で、歴史は100点。記憶は出来ても、応用はできません。本人も生きづらいでしょうが、家族も忍耐力が持ちません。団体行動がとれず、学校ではみんなから面倒な存在として孤立しています。
母の認知症(アルツハイマー型)が進み、娘と行動パターンがそっくりになりました。働きが悪い脳の部分が同じ所なのかもしれませんね。大事な物に限って壊す・捨てる、指示しても逆の事ばかりやる。でも結局はそれに対して怒っている私が非難されるわけで、母親側や介護側ばかりに我慢を強いられる理不尽さに疲れ果てています。

横レスですが

クリさん、お久しぶりです。ダブル介護では休まる暇がありませんね。
娘さんは右脳の働きが弱いみたいですね。でも詩とかを作らせたら独創的なのでは?

「本人に悪気はない」「病気のせい」と頭では分かっていても、傷つけられた感情のやり場に困ります。相手に言い返しても、何かに八つ当たりしても空しいし、、私も経験があります。
でも、理不尽なことをただ耐えることはないと思いますよ。暴力やいじめに走らないような解消法を見つけましょう!

ストレス解消は、実は相手という生身の対象無しで可能です。(わら人形とか、地面の穴に向かって叫んでもOK・・葦が歌わなければ)「罰として24時間会話しない」とか勝手に決めて実行することで気が済めば、復讐は完了したことになります。自分の中でけじめがつけばいいのです。文章に吐き出して、それを破くのも効果的と作家は言ってます。

知り合いに自閉症のお子様(成人)を持つ方がいます。作業所に毎日送迎するのですが、動作が遅く、酷いと帰り支度を始めてから車に辿り着くのに10分以上かかるとか。せかしたり、大声を出すとパニックになり逆効果、でも、夕方の忙しい時間に待たされるのは苦痛ですよね。
私のサークルに入ってからは、さっさと車に乗り込んで、お子様が到着するまで車内で笛を吹いているそうです。「練習にもなるし、イライラしないし一石二鳥」だとか。
カラオケで歌うも良し、球技でフルパワーをボールにぶつけるのも良し、健康的な解消法がきっと見つかると思いますよ。

ストレスをため込んでいる多くの皆さんへ

介護をされている多くの方が、そうした解決しがたい、やり場のないストレスに苦しんでいるのだと思うと、何とも言葉がありません。

kimiさんがおっしゃる通り、なんとかストレスを解消しなければ、相手を攻撃することになるか、自分自身を攻撃することになるので、どちらも避けなければいけませんよね。

昔、読んだキューブラーロスの本の中にあった怒りの感情の発散方法は、電話帳をゴムチューブで気がすむまで殴り続けるというものでした。

昔、1度だけ似たことをやってみたことがありますが、確かに限界まで張りつめていた神経がゆるんで、自分の中から負の感情が抜け出ました。
風船から空気が抜けるように。
でもこれは、完全に一人で居ることが保証されないとできないと思います。

読むと「異常者」のように感じるかも知れませんが、人間は、極限まで行くと、体を使って何かを凶暴に破壊せずにはいられない動物なのだと思います。
それが、人に向かえば虐待になりますし、自分に向かえば自殺になります。
なのでそのエネルギーをモノに向ける(モノを殴る。叩き壊す)ことで解消するのは、決して異常なことではなく、良い手段だと思います。
それができるプライベートな空間とモノが確保できると良いのですが・・。

No title

そう! 物を破壊するのは、かなりのストレス解消ですね! 昔からある皿を割るというのは、究極の方法なのかも知れません。

娘のストレス解消が、私に対しての暴言・暴力で、この夏に全身アザだらけにされました。自閉症、発達障害、自己愛性人格障害…病院では色々と表現されますが、どちらにしろ本人が訓練を受けようと思わない限り改善の方法はないようで、私も諦めました。
右脳も弱そうだけれど、前頭葉がダメなんだと思います。計画できない、先が読めない、不注意極まりないですから。会話力もなく、訓練も積みましたが文章が小学校低学年レベルしか書けません。だから、一問一答の歴史問題(○○の乱は××年のような)しか出来ないんです。
数年前までは娘のことで慰めてくれていた母が、同じように手に負えなくなっていくことの方が、かなりしんどいです。どんどんこだわりが強くなり、今日も些細な事を納得させるために大騒ぎでした。
そういえば、レビーの伯母からも暴言を浴びせられる毎日だったのを思い出しました。暴言と言うより、言われたところでどうしようもない内容を、延々と言われる苦痛ですね。

今年はストレスで歯を噛みしめすぎ、奥歯がボロボロになりました。本気でマウスピース買おうかと思ったくらい。一番のストレス解消は、彼らが私の生活圏から消える日のことを想像することでしょうか。その方法をあれやこれやと考える毎日です。それが実現した頃には、私自身が手に負えない状態になっているかも知れませんが。

No title

しばさんのレスで、「クレヨンしんちゃん」のねねちゃんのママを思い出しました。いつもピンクのウサギのぬいぐるみを無言で殴り始めますよね。最初は「ママ、こわい」と泣いていたねねちゃんも、後の方では手渡したり、自分用のウサギを殴ったり・・そのウサギ、確か「ストレス・ウサギ」と呼ばれていました。

私は破壊衝動ではなく逃避衝動があります。
木登りは凄いですよ!ほんの2m上は別世界です。自分がプレデターになったみたい(人狩りはしないけど)。地上のことが全てちっぽけに思えます。できたら森の木がいいです。1000年生きる木から見たら、ヒトの一生なんであっという間ということを思い出します。

書くこと。人の一生の短さ

お二人のコメントを読んで思い浮かんだことを書きます。お二人へではなく、他の読者の方々に。


「普通隠すようなことを、なぜ書くのか」と聞かれることが時々あります。
書くことで頭の中が整理され、心の平静を取り戻せるからだと思います。

そう考えて意識的に書くわけではなく、そういう効果をからだが知っているから、書くことが昔から習慣になっていて、書かずにはいられないから書くわけですが。

「秘密(問題)」(例えば自分や家族の障害や病気など)は、心の奥に隠しておくと、どんどん深刻化してとてつもなく大きな怪物になって苦しめられることがありますよね?
でもそれを公にした途端に怪物がシュルシュルと縮んで等身大に戻ります。等身大に戻ったら、ちゃんと問題なく扱えます。

悩みをまき散らせという意味ではないです。
ただ、障害とか病気というのは、自分の意志でなったわけではないですから、恥ではないです。決して。

自分を苦しめるものは、病気や障害そのものではなくて、それを人に知られたらどんなひどい目に遭うだろうという想像(妄想)だと思います。

実際に公にしてみれば、冷たい目で見る人よりも、冷静に「普通のこと」として受け止めてくれる人の方が圧倒的に多く、あたたかい目で見てくれる人もたくさんいることがわかります。

人の一生の短さについて。
2013年1月11日の日経夕刊に天文学者の書いた面白いエッセイがありました。(要約してツイッターに書いたら反応が多くて驚きました。)

「オリオン座の一等星ベテルギウスは、もうすぐ爆発してなくなってしまうとされています」
「あとどの位で?」
「少なくとも1万年以内」
1千万年の寿命に対して1万年は百才まで生きる人間の残り1ヶ月程。これは天文学者にとっては十分に「もうすぐ」なのである。


プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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