宮沢賢治の詩(死ぬときに見える風景)

「縁起でもない」と不愉快になる方もいらっしゃるかと思いますが、最近、このブログの中に「死を受け入れるために」というカテゴリーを作りました。
自分の家族や友人や自分自身の死を受け入れていくための模索です。
正解はありません。ただ「自分だけの答え」を求めて考え続けていきたいと思います。



宮沢賢治「疾中」より


          眼 に て 伝 う

     だめでせう
     とまりませんな
     がぶがぶ湧いているですからな
     ゆうべからねむらず血も出つづけるもんですから
     そこらは青くしんしんとして
     どうも間もなく死にさうです
     けれどもなんといい風でせう
     もう清明が近いので
     あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
     きれいな風が来るですな
     もじぢのわか芽と毛のやうな花に
     秋草のやうな波をたて
     焼痕(やけあと)のあるい草のむしろも青いです
     あなたは医学会のお帰りか何かは判りませんが
     黒いフロックコートを召して
     こんなに本気にいろいろ手あてもしていただけば
     これで死んでもまづは文句もありません
     血がでているにかかはらず
     こんなにのんきで苦しくないのは
     魂魄(こんぱく)なかばからだをはなれたのですかな
     ただどうも血のために
     それを伝へないがひどいです
     あなたの方から見たらずいぶんさんたんたるけしきでせうが
     わたしから見えるのは
     やっぱりきれいな青空と
     すきとほった風ばかりです


(注:旧字は変えてあります。わか芽とい草は、原文は漢字です。)
*カテゴリー「死を受け入れるために

追記:この記事のコメント欄に自宅介護が困難になったレビー小体型認知症のお母様をみていらっしゃる方からの貴重なコメントがあります。同じ苦労をされている方、施設を探している方の参考になると思いますので、是非お読み下さい。

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No title

しば様    
アドバイスありがとうございました。
昨日は、早朝に母が転倒し、救急車を呼んで大騒ぎ。
トイレに母が立った時に、布団の中から
「電気をつけてね」といったものの、一瞬、起きるの面倒だなと
いう思いが心をよぎり、でも、起きてついて行こうとした次の瞬間、「ドシン」という音。
なんと!台所の床に、母がうつ伏せで倒れていました。
なんと、気をつけの姿勢で。(全く手が出ていない)
呼んでも返事がなく、見る間に血が流れ出てきて、
まるで火曜サスペンス劇場。
「あ~、とうとう、こんなことになってしまった。なぜ、あの時
躊躇せず、母についていかなかったんだ!」と後悔しながら、
すぐに救急車を呼びました。
救急隊が母の顔を上げてみたら、出血は顎からで、
傷も2,3センチほど。
安心したら、涙がこぼれる、こぼれる。
結局、救急病院でテープで傷を留めてもらって、
タクシーで帰ってきました。
帰ってからも、傷に貼ったガーゼなどをとってしまい、
近所のクリニックに行って、貼り直しをしてもらったり。
激動の一日でした。

そして、今日はケアマネさんの訪問がありました。
母の青黒く腫れた顔を見て、驚きを隠せないようでした。
私は、母がレビーだと思っていたし、そのように施設にも
ケアマネさんにも話してきましたが、
今となって思うのは、
(母のような症状を持った人を受け入れたことはあるが)
レビーだと診断された人を受け入れたことがないと、
断る理由を私が提供してしまったことになったのかも
しれません。
母が望んだ地元の特養は、おそらく無理かもしれません。
でも、ケアマネさんは、「施設が決まらなかったら、
今回使っているショートステイで、待っていられるよう
頼んでみますよ」と言ってくれました。

そして、そのあと、認知症専門の病院(母をレビーと診断してくれた)
に電話で相談をしました。
病院も私の介護休暇終了を視野にいれた薬の調整を考えてくれた
ようで、テンポをあげていきましょうと言ってくれました。
入院での調整も視野に入れて検討していきましょうとも。
あさってから、母にはショートステイに行ってもらい、
私は盛岡でグループホーム探しです。

介護休暇最後の1か月は、本当に忙しくなりそうです。
なんとか、母が穏やかに楽しく、母らしく過ごせる場所を
見つけてあげたいと思います。
長文、お付き合いいただきありがとうございます。
                       志村しょう子





志村さま

こうしたご経験を書いて頂いたことに心から感謝しています。
これを読んで『うちと同じだ。私だけじゃないんだ』と救われた想いをされていらっしゃる方は、多いと思います。

母もそうでしたが、レビーは、突然救急車を呼ぶ事態になることが少なくない病気だと思います。
1番大きな理由は、転倒ではないでしょうか。(意識消失も含めて)

どんなに気を付けていても起こりますから、家族は、自分を責めてはいけません。
(転倒しても怪我を最小限に抑えられるように工夫をすることは必要だと思いますが→ http://nonohana7.blog134.fc2.com/blog-entry-882.html
お母様は、大事に至らなくて本当に良かったです。

「レビーと診断された人を知らない」というのは、日本の多くの介護施設で同じ状況だと思います。
「レビー小体型認知症の圧倒的多数は誤診されている」からです。(小阪憲司著「第二の認知症」P.206)

でも臆することはありません。
本や資料を持って行って、情報を提供すれば良いと家族会の方はおっしゃっています。(→ http://nonohana7.blog134.fc2.com/blog-entry-865.html )

迷惑そうな顔をされる場合もあるでしょう。でも施設にとってもプラスになることです。
「へ〜。そうだったのか〜。知らなかったな〜」と思って下さる職員さんも必ずいらっしゃると思います。

母も施設に入れるまでの間、デイサービスとショートステイを繰り返しました。費用がかさみましたが、緊急事態でしたから。(介護者がまったく眠れない。目が離せず休めない。)

とにかく広く相談し、窮状をしっかり訴えて下さい。

施設に断られても「こんなに大変なんです。困っているんです。どうしたらいいですか?どこに行けばいいですか?」と相談してみて下さい。
想いが伝われば、「うちは空きがないですが、○○をあたってみたらどうですか?」など情報をもらえたりします。
必死で数多くの扉を叩き続ければ、必ず扉を開いてくれる所にたどりつくと思います。

本当に大変だと思いますが、今が、踏ん張りどころです。
あと少し、「火事場のバカ力」を出すつもりで頑張って下さい。
応援しています。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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