絶体絶命の危機から抜け出す方法

親が認知症とわかった時、認知症が一気に悪化した時、主な介護者が倒れて介護が困難になった時、人は、危機に直面します。
そんな時に役立つ方法をある本から見つけました。(以下、青字部分)

 本→「オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より
   (岡田斗司夫著。幻冬舎新書)

深い悩みに落ち込んだ場合や、「もうどうしようもない」というジレンマに陥ってしまった場合、僕がいつも使う方法を紹介しましょう。
その悩みを、三つに分けるんです。
   1. 今すぐ「私が」手を打たなければならない問題
   2. 年内に「私か誰かが」手を打たなければならない問題
   3. 「人類が」いずれ解決せねばならない問題
     (P.71より)

***************************************
(ここからは、私、しばの思うことです。)

困ったこと、解決しなければいけないことは、何十でも出て来ます。
全部紙に書き出しましょう。それを分類してみましょう。
すると「今すぐ私が手を打たなければならない問題」は、それほど多くないことがわかります。

さらに重要度で順位を付けてみると、手をつけるべき順番も見えてきます。
その1番目からすぐ着手すれば、とにかく1歩目が出ます。
次に2番目に当たれば、ちゃんと2歩目が出ます。
絶体絶命の混乱の中からでも、ちゃんと一歩つづ抜け出していくことができます。

その時、自分の感情は、とりあえず横に置いておく。
主観で見ると判断を誤ります。同じ状況の知人に相談されたら・・と考えてみましょう。

何かを捨てる(傷を負う)覚悟をする。(親を捨てるという意味ではありあません。)
そうでなければ、何も決断できず、選択ができません。
何も失わず、傷も負わず、すべての人が幸せになれる選択などありません。
人からどう思われるか、どう言われるかを考える必要はありません。
批判する人がいたら、その人に介護を手伝ってもらいましょう。

すんなりものごとが進むことなどありません。
現実とは信じられないようなことが、次から次へと起こります。
冷静になりましょう。諦めず、「ダメで元々」とあらゆる方法を試してみて下さい。

電話も入れれば、私は、10人以上に相談し、10以上の介護施設をあたりました。
1人が「わからない」と言えば、「どこに聞けばわかりますか?」と質問しました。
地域の人にしかわからない(ネットにはない)地域の情報もあります。
家族会も強力な味方です。

大丈夫です。深呼吸しましょう。道は必ず開けます。

*関連記事:「遠距離介護のコツ(何をすればよいのか)
レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会は、私が信頼する家族会です。

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ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)




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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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