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8月の介護3日目(前編)思いやる母 納得の通所 グループホームへ

午前4時前、怒鳴り合う声で目覚め、居間に下りて行くと、母はすっかり目覚めている。
「早く支度して名古屋に行かなきゃ!」と昨日と同じことを言っている。
父「今日は、名古屋なんか行かないって、何回言えばわかるんだ?!」
私が交代するから2階の寝室に行くように父に言うが「もういい!ヤケクソだ!ここで寝るからいい!」
私は、母のベッドに入って隣に横になり、母と話し始める。
話しているうちに、支離滅裂だった母の頭は、徐々に正常だった頃に戻っていった。

母「○○(妹)が良くやってくれてて本当に助かってるよ」
私は、その一言で突然感情を抑えられなくなる。・・・そうだよ。○○は頑張り過ぎて、もう限界・・・
母は、私の頭をゆっくりとなでながら優しい声で言った。
「泣かないで。泣かないで。あんたは小さい時から泣かない子だったじゃないの」
母は、私の頭をなで続ける。昔通りの柔らかい口調。
「あんたは、いつも人のことばっかり心配して・・・。私と性格が似てるんだね。自分のことも大切にしないとね」

母は、朝になっても歩けなかった。もう一人では、支えて立たせることも不可能だ。
父と二人で支えて、やっと昼用パンツ型オムツに代えて、着替えさせる。
ひどい腰痛を感じる。父に「腰は大丈夫?」と訊くと言葉を濁す。痛いのだろう。

この日は、デイサービスに一泊するように退院前から予約してあった。
自宅での5泊連続滞在の真ん中に休憩のために入れてあった。
デイサービスのお迎えが来る5分前、そのことを説明し始める。
母は、ギョッとして「また行くの?!嫌だ!行かないよ!」と大声を出す。
父も私も睡眠不足で辛い。一泊してきてくれる間にゆっくり寝て、また元気を取り戻して笑顔で迎えるからと話すと無表情のままじっと聞いている。
「お母さん、辛いと思うけど、私とお父さんのために行ってくれる?」
「わかった。本当は行きたくないけど、行くね。ゆっくり休んで」
母は、無表情のまま、静かに車椅子で車に乗り込み、無表情のまま手を振った。

母と過ごせる貴重な時間を自ら手放してしまったという後悔の気持ちと、少し心と頭を整理して、あと4日間でできることを考えなければという思いが同じ位強くあった。

母を送り出してすぐ、昨日紹介されたグループホームに電話をする。
見学と申し込みをしたいと伝えると、年金が振り込まれていることを証明するもの(通帳や葉書など)や介護保険の保険証などを持ってくるよう言われる。本人との面接も必要という。

父に伝えると「そんなものはない!」と言う。
「ないって言ったらないんだ!通帳も行方不明だし、葉書もない!保険証もない!」
(父には、何がどこにあるかという記憶がほとんどない。)
デイサービスにならコピーがあるはずだと言われ、デイサービスに電話をしてコピーのコピーを用意してもらい、母を一時的に連れ出すことを伝える。
年金の証明の代わりに、父は、財産証明のようなもの(?)を持った。
私は、父の認知症と介護困難を簡単に説明するメモを書いてカバンに入れた。

とにかく急がなければ。
妹は、あるグループホームで「あと数日早く来て頂ければ入居できたんですが・・」と言われている。
「あんな遠い所に通えるか!問題外だ!」と怒る父を「ほんのしばらくの間だけだから。これ以上徹夜が続いたらお父さん、倒れるでしょう?」と説得しながらまず母を迎えに向かう。
35度近い暑さの中、自力で立てない母を車に乗せたり降ろしたりするのは思ったより大変だった。
でもそんなことを言っている場合ではない。

行く途中、父の運転が、危険極まりないことがよくわかった。

兄も行きたいと言うので4人で押し掛けたが、面接はすぐに終わった。
私だけ接客室から出され、施設長から言われた。
「ここには歩ける方しかいません。グループホームは、共同生活の場であって、介護中心の特養(特別養護老人ホーム)とは違います。お母さんが入るべき所は、特養だと思います。
お母さんのように歩けず、目も離せないというような方を受け入れるグループホームなんて、どこにもないと思いますよ。」
(この発言が正しくない事は、後々わかるが、この瞬間には、死刑宣告のように受け止めていた。)


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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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