平穏死を考える(日経新聞)

2012年10月20日の日本経済新聞夕刊の記事から抜き書き(一部要約)。

  「平穏死」を考える 石飛幸三さんに聞く
        「延命ありき」は無責任  人生の最後 自ら描く

人間は必ず死ぬ。できれば天寿をまっとうし、穏やかに逝きたい。
ところが現代医療は、この願いを踏みにじり、死期の迫ったお年寄りに無用の苦痛を強いている。
特別養護老人ホーム「芦花ホーム」の医師・石飛幸三さんは、2年半前に著した『「平穏死」のすすめ』でこんな現状を報告。高齢社会の医療のあり方に一石を投じた。

7年前に特養の医師になった。
そこで目にしたのは、手足が曲がったままかたまり、寝返りも打てず、自分の意思もなくした人が、1日3回胃ろうで宇宙食のような栄養液を入れられて生き永らえている姿だった。

「皆が責任をとらなくなったから」こんな事態が起きている。
お年寄りの容体が急変すると、責任を追及されないよう施設職員は、すぐ病院に送る。病院は、すぐ胃ろうをつくり施設に送り返す。

「私は、胃ろうがすべて悪いと言っているのではない。脳梗塞で一時的に食べられなくなった人が、体力を回復するまでのつなぎとして利用するなど、まだ先があるなら効果を発揮する場面も多い。
胃ろう自体は、有効な医療手段です。でも、それを老衰のお年寄りに自分たちの責任逃れのために行うことに疑問を呈しているのです。

「人間は、生き物です。老衰が進むと体が食べ物を求めなくなる。
それなのに家族も介護士もひとさじでも多く食べさせようとする。
でも、それがお年寄りの体に負担をかけ、誤嚥性肺炎を引き起こす。
あげくは点滴や胃ろうで栄養を補給する。体は悲鳴をあげている」

「発想の転換が必要なんです。
生物としての寿命をまっとうした体は、余分な荷物をおろして旅立とうとしている。
三宅島ではお年寄りが食べられなくなると、水だけをそっとそばに置いていたそうです。
静かに見守るのが、本人にとって一番楽なんです」

石飛さんは、それぞれが元気なときから自分の死と向き合い、どんな最期を迎えたいかを言葉や文書で周囲に伝えることを勧める。

「胃ろうは1人1年間で500万円の医療費がかかる。今の高齢者もツケを若者に回して延命しようなどと考えていないはず。高齢者の意思を無視して自分たちの責任回避を図るのは、現代版の棄老(うば捨て)でしょう」

著書:『「平穏死」のすすめ』『「平穏死」という選択』


*このブログのカテゴリ:「胃ろう・嚥下障害」
*このブログのカテゴリ:「死を受けれるために」

P1010645_convert_20121021071243.jpg
芙蓉(フヨウ)

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

No title

平穏死という言葉はいいですね!仰々しくなく自然で安らかなイメージで・・

私の祖父は、ちょうど90歳半で、生まれたのも逝ったのも祝日。老人病院で最後は食べられなくなって、ぶどうを絞って口に含ませたり、ガーゼで口を湿らせたりして、数日後には苦しまずに安らかに逝きました。あの時の祖父は痩せて、しゃべれず、目も開けていませんでしたが人間らしかったです。私が義母の面会で見た胃ろうの人は何かが違っていました。この記事の言葉がよく分かります。魂と言うか、人格と言うか、何かが・・

読売新聞の「終末医療を考える」だったかの記事にもありました。アメリカのDr.が「20年以上前にアメリカでも終末期の高齢者に胃ろうを積極的に行っていた時期がある。しかし、誤嚥性肺炎のリスクは胃ろうにしても減らない、延命効果がない と証明されてから胃ろうは減った。」と話していました。

最近、短期記憶の保持期間が2週間の義母は、嗅覚がなくなり、味覚も変わりました。何を食べても「まずい」と言います。それでもまだ完食する食欲は残っていますが、好きだった花を見ても感動せず、現実に対する興味もなくなってきた気がします。徐々に体が旅支度をしているのでしょうか・・

自然な死

アメリカのホスピスでボランティアをした時、初めて人間の自然な死というものを学びました。
私は、うつ症状があれば、カウンセラーを呼ばなければと思ったのですが、看護師は「うつは、死んで行く人の自然な感情。それを尊重して」と言いました。
食べられなくなれば、何とか食べさせなければと思ってしまうのですが、体の要求に従い、食べられなくなったら食べないというのが、一番苦しくなく平穏に旅立って行く方法なのだと聞きました。

ただこの記事を読んで不快に思う人は、大勢いるのではないかと思います。
私たちは、自然な死を見守ることを教えられていませんし、自然な死自体を知りません。
「見殺しになんてできない!何とか助けて!」というのは、家族な自然な感情です。
何もせずに見守ることの方が、ずっと精神力がいると思います。

今、ふと思い出しました。
エリザベス・キュブラーロスの本(どれだったかは忘れました。)に「死を怖がらない人が、側に付いていると、死んでいく人も平穏に、心安らかかに逝くことができる。その人は、医師や看護師などプロである必要はない。誰でもいい」と書かれていました。
死んでいく人も見送る人も皆、穏やかに微笑みながら、今までのことに感謝しながら、あたたかく平和な臨終を迎えるというのが、私の理想です。

No title

キリスト教の聖職者の大きな仕事ですね。臨終に寄り添い、心の平安を与えるのは。
子供の頃、外国小説でそういう場面に出くわす度に不思議でした。
特にロシアのギリシャ正教(東ローマ帝国の流れを汲む)では、何とか式だったか、必ず死ぬ間際に受けなきゃ天国に行けない儀式があるみたいです。

仏教にも神道にもないですよね、そんな仕事。
葬式仏教と言われますが、お坊さんは死んでから呼ばれます。神道では死そのものが忌む対象だし・・
キリスト教は死に正面から向き合う宗教なのでしょうか。(魂の不滅と復活と信じてるから)

No title

「平穏死のすすめ」でみんなが自分の死について考えるようになったのは
とてもいいことで、政策とも一致するところもあったりして、それがこんどは「胃ろう悪」の流れも生み出していると思っています。
高齢者でも自分の意志とは関係なく、病気のために食べたいのに食べられないという人もいますし、90でも「まだがんばる、生きたい」と思っている人だっているわけです。その人の天寿があるなら、今度は無理矢理自然死押し付けることにもなりかねない。胃ろうにしても体はきちんと反応するから、自然死で食事を受け付けなくなるように自然に逝くことができます。平穏死だってあるのです。ただ施設はそういうところを無視しているから、ただの延命になるわけです。石飛先生の話は施設からの発信なので、議論する場合は、いろんなシチュエーションを考えなくてはいけないと思っています。
父は胃ろうで、母はガンの緩和治療だけで逝ったけれど、人間自分で死ぬときを選んでいると感じています。訪問看護師さんも多くの死を見て来て
そう感じていると言っていました。
先日認知症の終末期のフォーラムに言ったら、悩んでいる人たちは家族より施設や介護職や、成年後見の職とか、そういう人たちが多いように感じました。支援者としての覚悟が必要なほど高齢者増えて来ているんでしょうね。
今元気でいる自分たちは、エンディングの意思表示は必要だなあと思うこのごろです。
ながなが失礼しました。

ygraciaさん

貴重なコメントをありがとうございました。

そうなんです。胃ろうの良い面と悪い面の両方を見ることなく、一斉に「胃ろうは悪だ!」となると、それも本当に恐ろしいことです。

私が自分の目で見ているのは、特養の例(まさに石飛さんが見た通り。)だけなので(そして石飛さんと同じように衝撃を受けたので)私の見方も少し偏りがちかも知れません。
気を付けないといけませんね。



プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR