認知症のわたし(3)(朝日新聞)

朝日新聞夕刊「ニッポン人・脈・記」蘭に連載中「認知症のわたし」。
2012年9月28日掲載の第3回は、スウェーデンの高齢者介護について本を書かれた藤原瑠美さんとスウェーデンの介護を日本で実現しようとしているグスタフ・ストランデルさん。

*ストランデルさんの職場のある浦安市には、「生活力回復促す介護」でご紹介した「夢のみずうみ村」も。
*スウェーデンに関する記事:「なぜ欧米には寝たきり老人がいないのか」
 スウェーデンも含めた施設を取材し本を書いた田口ランディの「老いという希望」
*「認知症のわたし」過去の記事:(1)(2)も是非是非お読み下さい。

以下、青字部分は、記事からの一部抜粋と要約です。


    <3>普段通りに暮らしたい

藤原瑠美さん(65)の母は、89年に81歳で認知症を発症した。母娘の2人暮らし。
銀座「和光」の副部長を続けながら明るく介護をしようと決めた。
医師には「1、2ヶ月で寝たきり痴呆になる」と言われたが、8年後までオムツなし。
トイレまでの3mを歩けるように歌でリズムをとるようにしていた。
言葉を失っても5人のケアチームは、尿意を知らせる泣き声の違いで意思をつかんだ。

週1度は美容院で髪をセットし、明るい色の服を身に着けた。
給与の大半は、介護費に消えた。2000年に母を看取った。

映画「安心して老いるために」(羽田澄子監督)を見て、05年にスウェーデンを訪ねた。
認知症の人に対するスタッフの表情が明るいのに驚いた。
認知症のデイサービスでは、誰が認知症なのか、言われなければ分からなかった。
おしゃれな服、思い思いの髪型、伸びた背筋、笑顔。

「安心して過ごせれば、認知症の人は自分の力を発揮できる。人と話し、体を動かす。居心地よくすることが何より」と市の職員。

藤原さんは、5回現地を訪ね「ニルスの国の高齢者ケア」を出版した。
協力者のグスタフ・ストランデルさん(38)は、当時、日本でスウェーデンの福祉やケア方法を紹介する活動をしていた。

ストランデルさんは、建築家で京大教授の外山義さん(02年52歳で急逝)と出会い、高齢者施設を紹介してもらった。(外山さんは、高齢者の住環境を研究し、家庭的な施設を次々と作った。)
日本で300カ所の高齢者施設を回わり現実を目の当たりにした。

理想の実践をと請われ、09年浦安市の舞浜倶楽部を任された。
「日本は少子化の中で、介護にかけるお金も人材も足りていない」

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芙蓉(フヨウ)


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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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