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死別への心の準備(新聞記事)

最近、中日新聞に掲載され深く心に残った記事へのリンクです。
妻に先立たれた夫が、何を思い、何に苦しみ、どう立ち直ったかを描いています。

   <妻を亡くして 3回シリーズ>(記事全文は、以下の中日新聞公式サイトへ)
 (上)日本対がん協会会長・垣添忠生さんの場合
 (中)気象エッセイスト倉嶋厚さんの場合
 (下)歌人で細胞生物学者・永田和宏さんの場合


以下は、私(しば)の思うことです。(昔々、ホスピスやがんセンターで細々と傾聴ボランティアをしていました。)

介護には、ゴールがあります。
けれども愛する家族を介護する人にとって、ゴールを迎えることは、恐ろしいことでもあります。

私たちは、その日が来る前に、死別を受け入れる準備もしていかなければいけません。
人間は死ぬのだということを頭ではなく身体全体で理解し、自分なりに身体の中に納めていかなければいけません。

さもないと最後にパニックになり、正常な判断ができなくなります。
ひたすら延命を望み、管だらけのむごい姿を見ることになります。
「これで良かったのか」という疑問と後悔が残ります。

人は、自然に穏やかに死んでいくこともできます。
死を受け入れることができていれば、家族皆で手を握り、「今までありがとう」と伝え(聴覚は最後まで残ると言われています。)静かにあたたかくあの世に送り出してあげることもできるのです。
そのためには、死を受け入れるための心の準備を少しづつ積み上げていくことが大切だと思います。


    「モモ」 ミヒャエル・エンデ著

「もしあたしの心臓が鼓動をやめてしまったら、どうなるの?」
「そのときは、おまえの時間もおしまいになる。(中略)
おまえじしんは、おまえの生きた年月のすべての時間をさかのぼる存在になるのだ。
人生を逆にもどって行って、ずっとまえにくぐった人生への銀の門にさいごにはたどりつく。そしてその門をこんどはまた出ていくのだ。」
「そのむこうはなんなの?」
「そこは、おまえがこれまでになんどもかすかに聞きつけていたあの音楽の出てくることろだ。でもこんどは、おまえもその音楽に加わる。おまえじしんがひとつの音になるのだよ。」(中略)
「もし人間が死とはなにかを知っていたら、こわいとはおもわなくなるだろうにね。」
(12章「モモ、時間の国につく」より)


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萩(ハギ)
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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