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レビー小体型認知症の母の日々(3)

(2)からの続き。

 <常に様々な幻視(幻覚)が見え、それを現実と思っている(妄想)>
亡き祖父や大勢の幻視に囲まれてイッセー尾形の一人芝居のように生き生きと会話をしたりします。(幻視の人物は声を出さないようですが、母はよく話し掛けます。)

父が天井から逆さまにぶら下がる、テレビに映っている人の頭に釘が刺さっている、私の顔からコンニャクが湧き出してくる、部屋の中に雨が降る、極楽鳥が飛び交う、幽霊が出る等多種多彩です。
幻視の子供達には、それぞれ名前があり、家族構成等の物語が出来ています。
人の誤認も多く、周囲の人(介護職員等)が、家族や親戚等に見えます。

這い回る虫の幻視に苦しめられる方も少なくないようですが、母の幻視に虫はなく、好ましい人、子供や動物が多いようです。
(母自身が幻視の見え方について語ったことは、こちら。患者は幻視を隠すことがわかります。)

 <母らしいと思った時>
「(診察の結果)アルツハイマーではなく・・」と医師から言われて車いすの上でガッツポーズ。「レビー小体型認知症です」という言葉は耳を素通り。
(母は、昔からよく派手にガッツポーズを取るノリの良い、茶目っ気のある人でした。)

この2年で2度だけ母の前で泣いたことがあります。手が付けられない状態が過ぎて一転して穏やかになり、昔通りの母に戻った時です。
母は2度とも「泣かないで」と優しく私の頭をなでながら言いました。
「人のことばっかり考えないで、自分のことも大切にしなきゃ」
「(何もしてあげられないと言うが)優しい気持ちを一杯くれたじゃないの。それだけで十分」

母らしい言葉だと思っていましたが、今あらためて考えると、もう少し違う次元から舞い降りた声だったような気がします。

母は、認知症を患って以来、感性が研ぎすまされ、人の心を正確に見抜く時があります。
認知機能の検査では計れない、ある種の「叡智」が宿ったかのように感じることがあります。
ありえないことでは、ないでしょう。
記憶力も病識もあるまま、突然、体の自由も認知機能も奪われるという極限の苦しみを味わい尽くした後に、穏やかな現在に至るという体験をしたのですから。

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No title

あけましておめでとうございます。志村です。
やっと、家族の会に入金し、入会手続きに入りました。
(会費の件を認識していませんでした)

私の介護休暇があと1か月となり、焦りが出てきました。
あてにしていた地元の特養が、系列のショートステイを
母が利用したことで、「手のかかる人物」として敬遠されてしまったようです。

特養は職員配置が厳しいから、お母さんのようなタイプは
グループホームの方があっていると思いますよ、と
ケアマネに言われました。
ショートステイでの母は初回では「悪い人に誘拐される
だから、食事にも毒が入っているから食べない」と食事を拒否。
2回目からは、次第に慣れて、食事も入浴もするように
なったのですが、夕方から不穏になり、家に帰ると泣いたり、
施設内を徘徊したり、あるいは、他の利用者の面倒を
みようとしたり。
4回目の9泊10日の後は「楽しかった!今度はいつ?」
と言うほどだったのですが、施設的には負担が大きかった
ようです。
今は、地元にこだわらず、長兄の家周辺で、
グループホームを探すことにしました。
しばさんのお母さんは特養ですよね。
グループホームは検討されたのでしょうか?
ケアマネのいうようにグループホームがいいのでしょうか?
新年早々長文になってしまい、申し訳ありません。
       志村しょう子

グループホームと特養

志村さま

コメントありがとうございます。
母は、まずグループホームに入りました。
既に歩けませんでしたが、特養からは、200〜300人待ちと言われていました。
片っ端から当たって、奇跡的にすぐ入れる所がありました。そこまで辿り着くのは、本当に大変でした。(このブログでも読めます。2010年の夏の話です。)

母のパーキンソン症状が進み、立てなくなった時、グループホームでは、「お風呂に入れられないため、衛生が保てないのでこれ以上は無理だ」と言われました。
やむなく特別養護老人ホームに移りました。

私の経験からしか言えないのですが、グループホームでも特養でも施設によって考え方、対応、言う事はずいぶん違います。

「歩けないような人を受け入れるグループホームなんてどこにもありませんよ」と断言したグループホームもありましたし、最期までみて下さる所も中にはあるそうです。

「多少の迷惑は、当たり前ですよ。大丈夫ですよ」と笑って言って下さるグループホームや特養もありますし、少しでも手がかかりそうだと敬遠する施設もあります。

ですから1つの所でNOと言われたからと言って、諦めないことが大事かと思います。
本人が環境に慣れるまでは施設職員の負担が大きいというのは、ほぼ全ての方に当てはまることだと思います。
誰もが時間をかけて徐々に慣れ、落ち着いていきます。

グループホームと特養には、それぞれの利点、欠点があります。
体もある程度動き、コミュニケーションも好きで、かつ十分取れるのなら、グループホームの方が、家庭的で人に囲まれていられます。

特養は、より病院に近いです。(特養にもよると思いますが。)
常駐看護師がいますので、具合が悪くなった時、すぐ対応してくれます。
医師も定期的に来ています。
重度の方の身体介護も慣れていますし、寝たきりでも入れる特殊な浴槽もあります。

あとは、その施設に行って、実際に見て、職員と話をして判断するしかありません。
特養は、1度入ったら別の所に変える(移る)ことは、実質的に不可能と言われていますので、十分に検討されることをおすすめします。
もちろんすぐには入れませんから複数選んで申し込みをしておきます。
状況が変わる度(介護度が上がった。介護者が病気になった等)に電話をしてよく説明しておきます。

他にも何かご質問があれば、どうぞいくらでもお気軽にコメント下さい。
他の方にの役にも立つと思いますし。

追記:ケアマネさんとも納得いくまで十分に話し合って下さい。明確でないことは、しっかり質問し、「例えば、こんなことはできないのか、あんなことはだめなのか」とダメもとでどんどん聞いてみて下さい。
地域の施設のことは、ケアマネさんが、誰よりも知っているはずです。

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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