施設で個別ケアを可能にするには

2012年6月25日放送のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で「闘う介護、覚悟の現場(介護福祉士:和田行男)」を途中から見ました。(内容詳細は、こちら
(再放送は、7月13日午前1時40分=12日の深夜過ぎ。東北地方を除く)

全部を見ていないので番組の感想は書けません。
ただ『これと同じことを介護現場に求めることは無理だ』と思いました。

和田さんは、もちろん素晴らしい方で、介護現場の不可能を可能とするために文字通り闘い続けています。
しかし同じことを日本中すべての介護施設、介護職員に求めるのは、間違っているだろうと思うのです。

和田さんの施設では、認知症の方1人に介護職員が1人付いて、電車に乗って海に行きました。
現在、日本には、270万人の認知症患者がいると言われています。
(認知症介護研究・研修東京センター推計)
その内の何人が施設にいらっしゃるかはわかりませんが、和田さんのような個別のケアを全員にしようとすれば(ごく単純に考えると)同数の介護職員が必要になります。

その介護職員(その家族を含め。)の生活を支えていくためには、十分な報酬が支払われなければいけません。(現在、報酬が十分でないことが知られています。)
個別のケアを可能にするためには、非常に大きな費用がかかります。
介護家族は、今の何倍、いえ、それ以上の費用を負担することができるでしょうか?

介護職員の方々は、もう既に限界まで頑張っていらっしゃいます。
どの施設でもそうだと思います。
もっと頑張れというのは、理不尽です。

では、どうすれば個別のケアが可能になるのか。
私は、今以上にボランティアを活用するのが良いのではないかと思っています。

米国では、老人ホームに居る決まった方を定期的に訪ねて話し相手になるというボランティアがあります。
老人ホームに居る希望者が、施設のバスに乗って週1回ショッピングセンターに買い物に行く時、個別に付き添うというボランティアもあります。
どちらも非常に喜ばれました。(20年近く前、米国に住んだ時に経験しました。ただあまりに古い話ですし、買い物の付き添いは短期間しかしなかったので、ここに書くのはとても気が引けます。)

ボランティアに関する問題など、更に詳しいことは、次回に書く予定です。

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紫陽花(アジサイ)






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No title

和田行男さんの介護は、それほどがんばらなくとも可能でしょう。
認知症のケア・治療は相手に合わせていくこと。
これが大切なのです。
それを実践していくのは、世間から見ると非常識にしか映りませんので、それを取り除くための精神的なタフさがいりますが・・・。

多くの施設で、認知症の方に余分な手をかけて、BPSDを誘発し「大変だ・人手がたりない」と言っていると和田さんは言いたいのでしょう。
和田さんのように出来ないのは、事故が怖いからなのですね。
でも事故を起こらないように保護するベッド柵が凶器になり人の命を奪うことも有るのです。
人間が生きていく限り100%の安全はありませんし、必ず氏を迎えます。このことについての理解が無い社会では、和田さんのようなやり方を続けていくには、精神的にものすごいパワーがいりますね。

hokehoke先生

コメントありがとうございます。
「和田さんのような介護」というのは、「徘徊する方が居らしても扉にカギをかけない」ということも含めてでしょうか。

施設の職員を悩まさせるものに家族からのクレームもあると思います。
大勢の中には、非常に激しいクレームを繰り返す家族がいます。
そうすると何があっても絶対にケガをさせてはいけない(少しでも危険があることはさせない)、本人がどれほど嫌がっても入浴日には絶対に入浴させさなければいけないというようなことが起こってきます。
(少しの間、特養で働いた時、そうした体験をしました。)

介護施設の現場を変えるには、私たち家族の意識(理解)、が変わらなければいけないと思っています。それは認知症ケアに対する社会全体の意識を高め、理解を深めていくことにもつながります。

施設職員と家族が、対等の立場で、改善のための建設的な話し合いができるようになったらいいなとも思います。

No title

しばさんへ
私が知っているのは、10年以上前にグループホーム時代の和田さんの著書でです。
これは、和田さんの方針を理解していただける家族だけ入所してもらっていました。入所前の相談で、相手が理解できるまで説明されていたそうです。それで納得された方のみ入所となったとの事でした。出来ない事は、請け負えませんから・・・・。
家でも、怪我をする時はします。怪我をさせないように管理(当然拘束でてきます)することで失うものと、怪我で失うものと比較すると、管理することで失うものが大きいと私は思います。
私も、昔から転倒に伴う怪我については、きちんと説明し家族に理解してもらっています。
事前に説明してあれば、実際に怪我をされても家族は、施設に悪い感情を持つ事は少ないと思います。
説明なしに「私のところに任せていただければ大丈夫です」などと安請け合いをしていると、事故があったときに深刻なトラブルに成ります。
和田さんの方針でやって行くと、高齢者は元気に成り生き生きとしてきます。その姿を見て多くの家族は喜びます。そして、これを維持するには多少のリスクは仕方がないと、心から理解していただけます。

hokehoke先生

返信、遅れてすみません。
hokehoke先生の書かれたことは、とても重要なことだと私も思います。

どれだけ気を付けても事故は起こります。怪我もします。
そこばかりに神経を集中させると、本当に「あれもダメ、これもダメ、じっとして動かないで!」という介護になってしまいます。(自宅でも施設でも。)
そんな生活をしていたらどうなるか、自分が同じことをされたらどうなるかを想像すれば、わかると思います。

私たちは、命を長らえさせることばかりに気をとられて、生活の質(QOL)について深く考えることがないまま来てしまっているように思えます。
どう生きたいのか、どう死にたいのか、普段から「ごく普通の」(しかしとても重要な)話題として家族でも話し合えるようになるには、どうしたらよいのでしょうか。

お久しぶりです

この記事を読んで「イン・ハー・シューズ」という映画を思い出しました。
映画自体は駄作でしたが、キャメロン・ディアスがディスクレシアの不良妹役で、シャーリー・マックレーンのおばあさんに金をせびりにフロリダの高級老人ホームに行って、そこの老人に読み書きを教わり詩の朗読のボランティアをします。又ファッションの能力を買われて、年寄り達の服のコーディネーターとして仕事を立ち上げる。それまでは男を引っ掛けては金を盗む生活だったのが、人に喜ばれる幸せを見つけます。

但し忘れてならないのは、ボランティアは奉仕活動。元は時間と金の余っている貴族の始めた事です。ボランティアを盛んにするには、日本人に精神的にも物質的にも余裕が必要ですね。
生活保護未満で、家賃も払えないような賃金の非正規雇用では、とても無理だと思います。結婚もできない、年金も払えない。
利益の為に人件費が削られて、そのしわ寄せは必ず社会的弱者(子供と年寄り)に行きますね。

誰かが言ってました、「年寄りを大事にしない国は滅びる」と。

kimiさん

コメントありがとうございます!ここ数日、『kimiさん、お元気でいらっしゃるかなぁ』と考えていました。(するとメールや電話があるということが昔からとても多いんですが、偶然でしょうか?)

相変わらずkimiさんのご指摘は、色々なことを次々と考えさせられます。
これを読んで考えたことを2つ3つの記事にしたい気がします。

最近、いじめ問題と「韓国人と日本人の大きな違い」(韓国人の友人ができたことをきっかけに。)について毎日考えています。

両者の原因の根本の所にkimiさんが指摘された社会のあり方があると思います。私も社会の一員として、遠くからとはいえ、いじめに加担していたのだと責任を感じています。

ではいったいどうすればいいのか・・と毎日考えているのですが、中々難しいです。記事にまとめられると良いのですが。

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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