脳梗塞からのリハビリによる回復体験談(1)

このブログの嚥下障害・胃ろうのカテゴリーが役に立ったと非公開コメントを下さった方(runmoleさん)が、脳梗塞を発症されたお父様とご家族の貴重な体験を提供して下さいました。(以下、青字部分)
リハビリの重要性が、ひしひしと伝わる内容です。

*認知症の症状は、個人差が大変大きいことをご理解下さい。
*字数の関係で、runmleさんが書かれたものを要約させて頂いています。


  <脳梗塞発症以前の状態>
父は、80歳。20年以上前から肝炎の薬を服用。毎月内科で検査をしていました。
しかし健康状態は良く、自転車にも乗り、家事全般もする程元気でした。
喫煙者だったこと以外に脳梗塞になった原因は思い当たりません。
1年2か月前に、一過性脳虚血発作。救急車で病院へ。しかし1日で回復しました。
脳卒中の基礎的知識を持っていれば、脳梗塞の前兆だとわかったのにと悔いが残ります。
 
 <発症後1ヶ月間の様子>
1月早朝に脳梗塞で倒れ、要介護5に。(右半身マヒ、失語症、嚥下障害、認知機能障害)
発症して1ヶ月近くは、一般病院で寝たきり。食事はできず、栄養は、点滴だけでした。
頬がこけ、声を掛けても反応があるのかないのかわからないような状態でした。
医師からは、「このまま食べられなければ胃ろうを」と説明されました。

 <回復期リハ病棟への転院>
自分でネットで調べ、専門的なリハビリ病院に転院することに決めました。
入院中の病院では、転院先を紹介してもらえませんでした。
自分で調べて3つの病院を選び、病院から連絡してもらうよう頼みました。
2つからは断られ、1つがベッドの空き待ちでした。
12日間待ち、転院できたのは、発症後29日目でした。

  <本格的なリハビリが始まる>
転院してすぐ、摂食機能療法に基づいた口腔ケアで、口の中がきれいになり啖も減少。
経鼻胃管栄養(鼻からの管を通して胃に流動食を送るもの。)をしました。
転院して10日目(発症39日目)にリハビリ病棟に移りました。
理学療法、作業療法、言語聴覚療法を週7日毎日ほぼ3時間受けました。
最初に作業療法士の方に会った時、素晴らしい声掛けに目頭が熱くなりました。
転院して本当に良かったと思いました。現在でもその思いは変わりません。
リハビリには、家族も立ち会うことを勧められ、できるだけ参加しました。
介護の具体的な方法の指導を受け、様々なアドバイスを頂くことができました。


(2)に続く。

バラ
薔薇(バラ 6月1日撮影)
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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