スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

在宅介護に固執する父

今日、看護師が妹に言った。
日中は大丈夫だが、明け方、排便をすると触ったり、自分でオムツを外して投げ捨てる。自宅介護は無理、と。

今日、以前母が所属していた健康体操サークルの仲間たちがお見舞いに来て下さった時には、彼女たちが、認知症とわからない位、しっかりと楽しそうに受け答えができていたのだと言う。
(私自身は、そんな母は、3月以来見ていない。)
妹もそんな母を見ると心が揺らぐと言う。
ケアマネに言われて予約を入れた老人保健施設に、他の利用者より1回り以上若く、調子の良い時の母が居る所を想像すると、あまりにも場違いな感じがすると言う。

まして父は、母の調子の良い部分しか見ようとしない。
母の歩行能力も頭もどんどん回復していくと信じ切り、「俺が(自宅で)介護するからいい!何も心配するな!」と言い放つ。
日中仕事をしている父に、睡眠時間をけずって介護をする覚悟があるのだろうか。

前回(5月半ば)帰省した時、父が、珍しくしみじみ語っていた。
「お母さんが退院してきたら、大事にしてやりたい。
優しく世話してやりたい。
あいつは、もう十分働いてきたから、これからは、ゆっくり安心して休ませてやりたい。
一日一日を大事にして、調子の良い時は、また一緒にドライブに連れて行ってやりたい。
前のように遠くは無理でも、近くなら大丈夫だろう。
一緒に色々な所を訪ねたい。」

父が、心から母を愛して、大事に思ってくれていることを本当に有り難いと思う。
でも現実は、容赦がない。

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

テスト

テストです。
メールアドレス入力しました。
パスワードは入力していません。

No title

しばちゃん
メールありがとう。 大変ですね。
こんなに大変になっているとは思っていませんでした。なんと言ってあげたらいいのかわかりません。
お父様の言葉が印象的です。人生を一緒に苦労をし、一緒に生きていらしたから、どんなことでもして上げたいし、どんなこともいやとは思わない。心からふり絞るようなお気持だと思います。
優しくしてあげたいし、きれいな場所も見せたやりたい。ほんとうにそうですよね。
もし参考になればですが、先日綾戸智絵さんがお母様を介護なさって、その結果疲労で倒れた後のテレビで言っていた事があります。
息子さんがイギリスから帰って来て綾戸さんに言ったそうです。みんな生まれてくる時も別べつだし、死ぬときもべつべつに死んでゆく、人生の一部を家族として親子として一時一緒に歩むけれど、人生はある時から、電車のレールがべつべつになるように、べつべつの方向に向かって歩きだし、それぞれの人生を終えていく、だから何かお互いにやってやりたい、一緒にいてあげたいと思っても、それぞれの人生があるなら、一緒に人生を終えるようなことをしてはいけない。・・・・と。それで綾戸さんは、自分の人生が母親とまさに心中するような状態で介護していたのを、施設に母親を預けて、自分の人生の時をも大切にできるような生き方を始めたそうです。人に頼むことは悪いことではなく、それぞれがやはり、出来る範囲で自分なりの人生を歩んでゆくことが必要です。それはお母様も喜ばれるはずです。(勿論今はおわかりになりませんが)。できるだけのことをしてあげたいというのはわかります。でもみんなの人生をも大切に考えて、それでその範囲で出来る範囲だと思います。
家族みんなのバランスをかんがえて。
またいつでも連絡くださいね。

テスト2

再びテストです。
メールアドレスを入力しないようにしました。
(入力すると右下の名前の所をクリックすると誰でもメールが送れるようになるようです。念のために入れない方がいいかと)

てつ恵さま

コメント、本当にありがとうございました。
とても有り難く読みました。

私も妹も父も介護施設を否定しているわけではないんです。
私が、郷里に引っ越せないように、「現実的に無理」なものは無理と思っています。
でも、「今よりも母の状態が良くなるのでは?自宅介護も可能になるのでは?」という希望(夢)を捨てることができません。

父も現実に自宅介護を始めたら、「これは続けられない。これを続ければ自分が倒れる」とすぐに理解するかも知れません。
倒れるまで介護しようとするほど、かたくなではないと思っています。

日々、ああでもない、こうでもないと悩んでいても、結局は、なるようになるのかも知れません。

お父さんのプライド

お父さんの、「妻は私の力で治してみせる」という愛情と、「施設に入れるなんて沽券にかかわる」という昭和の固定観念が強いのでしょうね。我々が子どもの頃、老人ホームは姥捨て山であって、そこに年寄りを入れた人は人でなし扱いだったのを思い出します。
でも、共倒れになって不幸な事件も起こり、人生を犠牲にしてまで介護する必要はないのでは…と価値観は変わってきました。最後の迷いどころは、施設に入れたら“かわいそう”と思うこと。これはある意味、介護施設のスタッフは信用ならないと思っているからだと思います。

老人福祉施設で施設長をしている友人が、入居者の家族からのリクエストは底なしだと言っていました。その家族の要望をかなえるためには、入居者1人に3人の介護者が付きっきりでないとできないと。在宅では不可能だったことが、施設では可能になるという思い込みがあるのでしょうね。反面、施設に入所してこそ出来る毎日の病状チェック、プロならでは適切なケアの実態を理解してもらえると、潮が引くように要求も減るそうです。

我が家も、叔母が特養に入所したときは、ラクになるどころか、慣れるまでは本人も家族も結構大変でした。そして襲ってきた「介護うつ」に苦しみました。あれから3年近くが経ちました。あのまま在宅介護が続いていたら今頃どうなっていたのか想像すると、きっと私は…。
最初はこだわっていた私も、自分の時間がある、夜中に電話がない、何かあっても周りに専門のスタッフがいるという安心感等々、メリットのみを享受するようになりました。ただしこれは、叔母と姪という距離感がそうさせるのかもしれません。これが親や配偶者だったらまた違うと思います。

今はお父さんのプライドも保ちつつ、家族が犠牲にならない介護にどういう方法があるか何通りか考えてみる必要がありそうですね。普段は施設に介護をお願いして、お父さんから施設に出向いて愛情を注ぐというのが一番現実的とは思います。でも、年寄りほど自宅が一番という感覚は強いですから、お母さん自身はどうしたいかが分かるといいのですが。

10年前、病院の廊下で全身便にまみれて立ち尽くしていた叔母ですが、今は穏やかに毎日を過ごしています。白内障で殆ど目も見えません。それでもトイレでキチンと用を足しているのは特養の手厚いケアあってこそと思います。
時々衣類の入れ替えに訪ねます。「何か足りなくて困っているものはない?」と聞くと「そうだね~、頭が足りなくて困っているんだよ~」と言って周りを笑わせています。

No title

のんちゃん:
淡々とした文章からも、その深刻さが伝わってきます。
「介護」は他人事では全くなく、いつ私も同じ様な境遇に陥るかわかりません。
お父さんたちの希望を捨てたくない気持ち、自宅で介護したい気持ちも痛いほどわかります。
のんたんのコメントにあるように「なるようにしかならない」のだと、そう書いてしまうと、それで終わってしまうのですが、そうなのかなと。
きっとみんなが納得できる答えは見つかりようもなく、ただベストを尽くしたい、みんなの、それは自己満足なのかもしれないけど、できる限りのことをやってあげる、それしかないのかなと。
お母さんの状態が好転することも、もしかしたらあるかもしれないし、どんどん悪くなることも充分考えられるし。
みんながとても優しいから辛いんだよね。いっそ、ポイッと施設に放り込めるような、ある意味冷たい(客観的になれる?)家族の方が楽だよね、きっと。うちも絶対のんちゃんちみたいに、家族全員が死ぬほど苦しむことになるんだろうな。
でもその時の状況に合わせてできる限りのことをやっていって、なるようにしかならない、ってある時は諦めたりもしながら生きていくと思います。
とりとめもなくごめんなさい。

それだけ難しい「介護」という問題。
得られる支援はMaxに利用して、当事者が倒れないこと、これに尽きるのかな、と。

こうしてBlogに吐き出すことも大事だと思う。
時々のぞいてみますね。
体にだけは注意して!(といっている私が実は帯状疱疹にかかって今週は大変なのですが(爆))
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。