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「春を恨んだりはしない」

「松岡正剛の千夜千冊」というサイトの中に、心に残る詩が紹介されていました。
ヴィスワヴァ・シンボルスカ(ポーランドの詩人。ノーベル文学賞受賞)の『終わりと始まり』のなかの「眺めとの別れ」の一節だそうです。夫との死別の後に書かれたものです。


  またやって来たからといって
  
  春を恨んだりはしない
   
  例年のように自分の義務を
  
  果たしているからといって
  
  春を責めたりはしない
  
  わかっている わたしがいくら悲しくても
  
  そのせいで緑の萌えるのが止まったりはしないと



何千年も昔から言い尽くされているように、この世のものは、なにもかも滅んでいくんだなと、あらためて思っています。
若さも、健康も、ちゃんと動いてくれる脳も、親も、愛する人も、今ある日常も幸せも、目に見えない速度で、失われていくんだなと。
理不尽なのではなく、すべてのものが、何千年何億年の間、ずっと移ろってきたんだなと。

今ある幸せが、以前より輝いて見えます。


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八重のツツジの一種
花のアルバムは、こちら
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No title

この詩の人の悲しみはまだ増加中で、消化期ではないですね。自分の気持ちと正反対の春と世間に対して憤らないように自制して、却って恨みがましく聞こえるような。。多分一人称がそう感じさせるのでしょう。

私は40年前の春、最愛の人を突然に亡くしました。
未だに、この時分は気分が沈み、桜とチューリップが大嫌いです。
20歳の頃その真の理由に気がつき、それからは自然にやり過ごせるようになりました。心理学的な認知療法ですね。

でも「春を恨む」なんて考えたこともありませんでした。
自分が花見を楽しめないからといって、寂しくも悲しくもありません。
他人とは違う方法で春を感じ、それを慈しんでいますから。

死別の悲しみ

桜の頃から悲惨な交通事故が続いていますね。
犠牲となられた方々を愛していた大勢の方は、2度と桜を喜べなくなるのだろうな・・とニュースを見ながら考えていました。

10年ほど前、親しかった友人を突然亡くした時、街の景色が変わらないことを不思議に思いました。
こんなにも悲しいことが起こったのに、木や草が枯れることもなく、人は、何事もなかったかのように今まで通り街を歩いている。
○○がこの世から消えたのに、世の中は、何も変わらないかのように動いている。
『どうして?』と思いました。

苦しみから脱するには、客観視や分析が有効だと私も思います。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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