障がいを受け入れること(大江健三郎の本から)

「恢復する家族」(大江健三郎著)から。

上田先生は次のようにそれを文節化していられる。
(注byしば:東京大学医学部リハビリテヒション部の上田教授が分析した、事故により障害を負った方の心理変化)
<「ショック期」の無関心や離人症的な状態。
「否認期」の心理的な防衛反応として起こって来る、疾病・障害の否認。
ついで障害が完治することの不可能性を否定できなくなっての「混乱期」における、怒り・うらみ、また悲嘆と抑鬱。
しかし障害者は、自己の責任を自覚し、依存から脱却して、価値の転換をめざす。
この「解決への努力期」をへて、障害を自分の個性の一部として受けいれ、社会・家族のなかに役割をえて活動する「受容器」。>(P.46~47)

小説という言葉のモデルをつうじて考える時、「ショック期」、「否認期」、「混乱期」の、障害者とその家族が苦しみをともにして生きる過程の重要さということも、あらためて自覚されます。
これらの大きい苦しみの過程がなければ、確実な「受容期」もない、それがすなわち人間であることだ、といいたい思いもいだくのです。(P.47)


こういう人生の出来事を、どういう仕方で、プラス・マイナスと評価することができるだろう。
それはただ、このようにある、ということができるだけだ、と思う。
良かった、幸運だった、といえるだろうか?悪かった、不運だった、といえない(あるいは、決して、そういうつもりはない)ということは確か。
しかし、単純に前者だとも、決して定めることはできない、という思いはやはりあるのである。なにしろ困難は継続中なのだ。(P.185)

35年を越えて小説を書いてきながら、僕は自分らの生に、全体の評価としての意味をあたえることはできない、と感じている。(略)
しかもその人生の不思議は、まさに手のほどこしようのないほど多義的だとも、まだ完結しない小説家として、しみじみ思うわけなのだ。(P.186)



<過去の関連記事・カテゴリー>
*「認知症介護家族の心理変化
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*「障害者ときょうだいと認知症を患う人
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障害受容

大江さんの「恢復する家族」確か奥さんとの共著でしたよね。
うちにもあったはずです。
最近読んだ、大江さんと指揮者の小澤征爾さんとの対談にも、大江さんの障害受容の話がでてました。
「同じ歳に生まれて」(中央公論新社)というタイトルです。

障害を語る言葉、特に小説の難しさは、それを意識すればするほど、その障害のない世界と乖離してしまうということです。上手く双方の世界を行き来することができる言葉が見つからないのです。その「しこり」が残って、溶けきることがないということですね。
そのしこりの存在が、僕の場合は何かを書いたり読んだりする原動力になってます

waheiさん

ノーベル賞作家の大江健三郎さんが文を、奥様のゆかりさんが絵を描かれたエッセイ本です。

私も2つの世界に共通する言葉を見つけることは、ほとんど不可能だと、既に子供の頃から諦めていたような気がします。

小学校の時、鳥の仲間にも入れてもらえず、動物の仲間にも入れてもらえないコウモリの話を読んで、自分そのものだと感じました。
兄を差別する人達を仲間とは思えず、兄の友人の障がい児たちは、優しく一緒に遊んでくれるけれど、自分とはやはり同じとは言えない。
自分は、障がい児でもなければ、健常児と呼ばれる子供の仲間でもない、自分は何者にもなれないと強く思っていました。

聴覚障害の世界には「コーダ(Coda,Children of Deaf Adults)」という言葉があります。ろう者の両親を持つ聴者の子供という意味です。
コーダのアイデンティティについて書かれた「聞こえない親をもつ聞こえる子どもたち―ろう文化と聴文化の間に生きる人々 」(ポール プレストン , Paul Preston 著)を読んだ時(20年位前なので詳細は覚えていませんが。)自分自身を理解できた気がしました。

当時住んでいたアメリカで、障がい児者のきょうだいのために書かれた本も何冊も出版されていて驚きました。

No title

「障害」というのは「本人が困った」時に入るカテゴリーと思います。
乙武さんも「一度も困ったことがないので、自分を障害者と思ったことはない」と仰っていますよね。

因みに私は両目とも下まつげが殆どありません。埃が入って困るとき、これは生まれつきの障害だと感じますが、アイラインを引くと自分じゃない気がするので、これが自分のアイデンティティーだと思っています。

映画「ツインズ」で、双子のカスDNAのダニー・デービッドが障害者用スペースに停めて切符を切られた時の言葉「俺のどこが障害者に見えないんだ!」確かにあの体型は・・

障害について考えさせられる「愛しのローズマリー」という映画があります。主人公ジャック・ブラックは、不細工なくせに美女を追い求めて振られてばかり。ある時、心理学者に「心の美しさで相手が見える」催眠術をかけられて、惚れた相手は心は綺麗な百貫デブ・・しかし彼の目には絶世の美女(グウィネス・パルトロウ)に見えるのです。催眠術が解けた彼の反応は・・
あの映画には、実際の脊椎の障害で、四つん這いで歩く人も出てきます。でも、その人は全く苦にしてません。コンプレックスを隠して外見ばかり気にして、中身のない不幸そうな人との対照がピリッと効いています。

障害って何でしょう?

小学生に「見える人と比べて、見えない人はどんなことが不便ですか?」と訊かれた目の不自由な方が「私は1度も見えた経験がないので、見えることがどんな風に便利なのかわからないし、自分の生活が不便だと感じたこともない」と答えるのを昔、テレビで見ました。
(障害者のきょうだいが、障害のあるきょうだいを普通の人としか思えないのは、それに似ているのかも知れないと、その時思いました。)

偶然ですが、先日、久しぶりに乙武さんをテレビで見ました。
震災の後、高層マンションに住む妻子と3日間会えなかったと話していました。

障害というのは、その障害をサポートする物(車いす等)、環境(スロープ等)そして周囲の理解と協力があれば、障害にならないのだと思います。
逆に言えば、本人がその障害に困っていなくても、周囲に差別と偏見があれば、それは、本人と家族を苦しめる障害になってしまいます。

知的障害者、自閉症の方、脳性麻痺の方(知的障害のあるなしはそれぞれ)、認知症という病気を患う方々などは、周囲に理解と協力さえあれば、心穏やかに幸せに暮らしていくことが可能な方々だと思います。

しかし実際には、そういう社会ではないために、その方たちも家族もとても辛い目に遭い続けなくてはいけません。
自分とは関係ないと無関心でいれば、そうした問題があることにすら気付かないでしょう。

ICF

kimiさんのコメントに触発されて、ちょっと以前調べたICFのことを改めて調べてみました。
http://www.nise.go.jp/cms/8,558,18.html#h_3
国立特別支援教育総合研究所(特総研)の資料です。これがわかりやすいですね。
基本的に、これまで障害を本人に由来する「機能」から見ていたのを、本人と環境の二つを因子としてみるという考え方ですよね。
つまり、本人に障害因子が強かったとしても、環境として受け入れることができれば、障害はそれほど大きくない、と考えるやりかたです。
kimiさん、しばさんのコメントは、上記の考え方に沿ったものだと感じます。

waheiさん

知りませんでした。ご紹介ありがとうございます。

認知症の方やそのご家族が安心して笑顔で暮らせる社会というのは、心身に障害のある方やそのご家族、様々な不利を背負って生きていかなければならない方々にとっても暮らしやすい社会なのだろうと私は思っています。
そういう社会を作ることは可能なのだとも。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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