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佐野洋子と認知症の母

佐野洋子(「百万回生きたねこ」の作者)のエッセイ集「神も仏もありませぬ」を読む。
「これはペテンか?」と題したエッセイは、佐野洋子と認知症の母親の会話で始まる。

母親は、何度も何度も「あの失礼ですけどお幾つでいらっしゃいますか」と訊く。
佐野洋子は、「63です」と答えながら、「まさか私が63?これは何かのペテンか?」と思う。
そして母親に歳を尋ねると答える。「そうねぇ。4歳ぐらいかしら」

「これはペテンか?」は、自分が老年になっていくことに対する「ウソだろ?」という違和感と発見を見事に描いたエッセイだ。
そして最後は、こう終わる。(原文通り)

呆けたら本人は楽だなどと云う人が居るが、嘘だ。呆然としている四歳の八十八歳はよるべない孤児と同じなのだ。年がわからなくても、子がわからなくても、季節がわからなくても、わからないからこそ呆然として実存そのものの不安におびえつづけているのだ。

不安と恐怖だけが私に正確に伝わる。この不安と恐怖をなだめるのは二十四時間、母が赤ん坊を抱き続けるように、誰かが抱きつづけるほか手だてがないだろうと思う。自分の赤ん坊は二十四時間抱き続けられるが、八十八の母を二十四時間抱き続けることは私は出来ない。

そしてやがて私も、そうなるだろう。六十三でペテンにかかったなどと驚くのは甘っちょろいものだ。

(佐野洋子著「神も仏もありませぬ」P.11から)


私の母は、調子の悪い日には支離滅裂で会話も成立しないのに、調子の良い日は、はっきりと病識がある。
自分は、すっかりバカになり、家族に迷惑をかけるばかりだから死にたいと言う。
自分の人生は途切れてしまい、自分の人生に自分はいないと言う。

毎日訪ねたいと思う。抱きしめたいと思う。笑わせてあげたいと思う。
母が生きていることが、私たち家族の幸せなのだと毎日毎日伝えたいと思う。
でも遠くに住んでいる私には、それが、できない。


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カタクリ
今年は3月28日になっても1割も咲いていなかった。
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わからなくなること

佐野洋子さんのお母さんの話は、エッセイの「シズコさん」にも出てきますね。
認知症に対する誤解の一つに、この「自分のことが分からなくなってしまえば気楽で良いじゃないか」ということなんです。
事実は反対、分からないから不安と恐怖に包まれるんですよね。

抱きしめてあげることが、その不安を解決する手段になるのでしょうけれど、できないときにどうするか。
結局環境の方を変えていくしかない、不安を感じるには、引き金になる出来事があると、僕は考えています。
認知症だけでなく、自閉症もおなじだなと思うのですが、環境調整という考えかたです。
生活リズムを一定にする、複数の情報をいっぺんに出さない、換気扇やファンの音に注意する、そんなささいなことが子どもの調子を崩していると気づくことが、いまでもあります。

認知症の人の想い

義母の弟の話題で、「叔父さんいくつになったかな?70は過ぎてるよね?」と話したら、義母は「そんなはずはない」と真顔で驚きました。自分の歳も78歳とは思ってないのですね。

waheiさんのカキコで納得したのは、義母は一度も「家に帰りたい」と言わないことです。尋ねても「帰りたくない。ここでいい」といいます。認知症で四肢麻痺のある義母にとって自宅とは、無理解な夫に常にガミガミ言われながら、できない家事を強いられる地獄のような場所だったと思います。家事はハウス・マネージメント。管理能力がないとやっていけない仕事ですもんね。

現在、困ることも、やりたいことも、やって欲しいことも、心配なことも「何もない」と言います。老人ホームで何の不安もなく暮らせるのは、彼女にとって幸せなのですね。外出をいやがるのも、施設の中が安心できる場所だからですね。
無理に連れ出さなくていいのだと、少しホッとしました。

waheiさん kimiさん

waheiさん
本当にそうですね。体も脳も丈夫な人には何でもないことが、より繊細なタイプの人には、不安や混乱を引き起こしてしまう。
「健康な人」というのは、ある意味では「鈍感な人」とも言えるのかも知れません。

kimiさん
そんなお義母さまがうらやましい気がします。
母は、いつでも「家に帰りたい」と思っているようです。父に毎日「家に帰りたい」と言い、父は、その言葉に毎日傷つき苦しんでいます。
私も母から「今日は、もう退院して、家に帰るんだよね?」と嬉しそうにきかれると何と答えればいいのか、いつもわからなくなります。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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