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ピック病を患う中村成信さんの本 サポートを求めることの大切さ

追記:読売新聞掲載の中村さんの記事→2012年5月 2013年4月
   朝日新聞の長期連載記事→2014年4月


ピック病を患う中村成信さんの「ぼくが前を向いて歩く理由」(2011年中央法規出版発行)を一気に読んだ。
一昨年ピック病と診断された父とよく似た部分が多々あり、読み始めると止まらなかった。(父は診断を1度も信じていない。私自身も最近は、誤診を疑っている。)

中村成信さんは、茅ヶ崎市の職員(課長)だった。
2006年に万引きの現行犯で逮捕され、2週間後に懲戒免職。
その約2週間後に前頭側頭型認知症(ピック病はその1種)と診断された。
万引きは、この病気の症状で、中村さんにその記憶はまったくなかった。
このことは、朝日新聞(2007年2月26日)に大きく報じられ、私も記憶にある。
3年2ヶ月に渡る努力の末、懲戒免職処分は撤回された。
現在は、通院治療を続けながら、ボランティアや趣味を楽しみ、啓蒙活動もされている。

中村さんのあり方は、多くの認知症患者とその家族に大きな希望と勇気を与える。
そして奥様の戸惑いと苦悩と揺るぎない愛情に支えられた努力は、介護家族に深い共感と感動をもたらすだろう。

2人は、突然に降りかかった大きな危機を弁護士や様々な人や家族会などの力を借りて1歩1歩乗り越えて行く。
そうしたサポート(支え、助け)を自ら求めることの大切さを、本を読んで再認識した。

認知症に対しては、いまだにあまりにも多くの誤解と偏見がある。
認知症を恥だと感じ、隠す人は、珍しくない。
しかし問題を家族内で抱え込み、人(社会)にサポートを求めないことは、自分で自分を窮地に追い込むことになる。

私もこの2年間にどれほど多くの方に助けを求め、救われてきたかわからない。
何をどうすれば良いのか見当も付かなかった頃は、ありとあらゆる相談窓口に行って相談をした。次から次へと片っ端から。
回答は、行く先々で少しづつ違い、いくつもの視点を合わせることで、全体像が、少しづつ見えてきた気がする。
(1人の相談員の回答は平面だが、3人からの回答を統合すると3D<立体>になる。)

このブログを通して知り合った方々も含め、数え切れない程多くの方から良い情報、良いアドバイスを頂いてきた。
その方々が、私を混乱と苦しみから救い上げ、ここまで連れて来て下さった。

遠距離介護が始まってからの2年間で、私は、生まれて初めて知ることができた。
この世は、赤の他人のために一生懸命になって下さる人で一杯だ。
どんな初歩的な質問をしようと誰も笑ったり、見下したりはしない。
相談できる窓口や人や家族会などがあれば、是非相談して頂きたいと心の底から思う。


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ボケ(木瓜)
中国原産。バラ科。
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No title

その方の逮捕ニュースは覚えています。
管理職でありながら、ホームセンターで用途不明の変な物を盗んだ・・
高齢者の万引きの多くは食料品や日用品なのですが、ちょっと質が違うぞ、と記憶に残りました。

懲免撤回とは、おそらく裁判で刑法上の責任を阻却されたのでしょうが、責任能力・判断能力のない者が、市民に対して重い責任のある立場の管理職であったということは、ある意味、恐ろしいことですね。
これが東電の社長、原子力委員長、大臣や首相であったら・・警察や検事、裁判官が認知症だったら・・
彼を監督する上司(部長、助役、市長)は、彼の異変に気づき、事件発生を予期して、しかるべき措置を取る責任を追及されなかったのでしょうか?
ごめんなさい。どうしても行政や司法の立場から考えてしますが、認知症の世間一般のマイナスイメージが、職場や家族の人の隠蔽体質に影響を与えている気がします。病気は本人のせいではないのですから、堂々と周りにアピールできたら皆がもっと楽になりますよね。


kimiさん

中村さんの場合は、スーパーで食品でした。
当時、ピック病で万引きをしたというニュースは、何件も報道されていたと思いますので、ホームセンターもその1つだったのだと思います。

確かにkimiさんが書かれる通り、本人には、何の責任もないのですから、責任の所在が上司に行くのも考えてみれば当然なのかも知れませんね。

中村さんの奥様が、近所の家々に病気の説明をしてサポートを求めて回ったという話は、私たち皆が、見習うと良いと思いました。
とても大切なことだと思います。

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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