「楽しく笑って介護したい」映画監督関口祐加(新聞記事から)

2011年12月24日の毎日新聞の記事から。(全文は、毎日のサイトを。

アルツハイマー病の母親の姿を映像で記録している映画監督・関口祐加さん。
関口さんのシンポジウムでの発言を原文通り引用。(一部省略)
私が、特に共感する部分、心に残った部分を赤色に。


 < 介護は人生そのもの >

母は昨年5月、初期のアルツハイマー病と診断された。(略)
アルツハイマー病の母は私にとってすごく魅力的なのだ。
母はごく普通の人、世間体を気にし、良妻賢母で、私と妹を育て、米屋をしていた父の商売を助け、一生懸命に生きてきた昭和ひとケタの女。
認知症の症状が出るようになってから、いろんな事にこだわらなくなり、ガハハとか笑うような性格になった。
すごいと思った。これは娘というより監督目線。
でも、私の中では監督と娘というのは切っても切れない存在。
その母を見て、撮りたいと思った。

(略)彼はアルツハイマーの父を介護してきた。
お父さんは亡くなっているが、症状が進んで息子の顔が分からなくなった。
いろんな病院に連れて行ったり、リハビリをやったりする時、彼が運転していくので、お父さんは彼を息子ではなく、運転手さんだと思うようになった。
彼のすごいところだが、運転手さんになりきろうと考えた。帽子をかぶって手袋をして、運転手になりきった。
お父さんと一緒にお風呂に入ると、お父さんが「なんて奇特な運転手さんだ」と喜んだ。
彼はアルツハイマー病を一緒に楽しんで、と私に言い、その言葉は私の気持ちを楽にしてくれた。

三十数年ぶりに、今母と一緒に暮らしている。
介護は、私にとって介護される側の問題ではなくて、介護する側、私の問題なんだ、と感じさせられることが多い。
母によって、私という人間の器が試されている。


母はいろいろな能力がなくなっていくが、病以前よりすごいなと思うのは、直感で人を見抜く力だ。
本気で母に向かっているのか、そうでないのか、母は見抜く。

この感性だけは私を驚かせる。
母に笑わされることも多い。
介護する側には、自分が楽になるような接し方がある。
介護は人生そのものだと思う。
自分の人生を考える機会を母からもらっている。


私は気張って介護をしない。
楽しく、笑って介護したい。
自分では「一日一笑」と言っている。
介護する人間も楽にできるように、いろんな公的サービスを上手に使って、母とこれからも行けたらいいなあと思う。
状況によっては家に人をどんどん呼んできたい。
(略)

映画「此岸、彼岸(仮題)」は2012年初夏、全国公開の予定。


P1040447.jpg
山茶花(サザンカ)

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

No title

アルツハイマーは皆こんな感じのようです。
義母も「自己主張しない控えめな人」だったのですが、別人のように「ガハハ!」と笑うようになりました。
何を言っても笑ってごまかす。思い出せなくても「あぁ、そうだった」と話を合わせる。又は「そんなことは
ない」の一言で片付けて、話を切り上げる。でも、認知症が皆そうだと思われるたら辛いです。

私は偶然アルツハイマーとレビーの両方を同時に身近で観察でき、全く正反対だと思いました。同じ事でも対応を変えなければいけません。反応が真逆だからです。「どうして母が、義母のように明るく過ごせないのか?」と思い、二人を会わせた事もありましたが、寝たきりでも幸せそうな義母と、歩けて食べられても不安で不幸せそうな母は、互いに何かを感じ取ることもありませんでした。

アルツハイマーの介護しか知らない人はレビーは理解できないでしょうし、逆もまた真だと思います。今では同じカテゴリーで考えるのも強引だという気がしています。

結論は、どんなに努力してもアルツハイマーの認知症生活をレビーの人にさせる事はできない。それを目指すと介護者も本人もますます不幸になる・・ということです。レビー患者の不安や不幸感、妄想や猜疑心、全てをひっくるめて「自分がついているから心配ないよ」と引き受けてあげるのが有効でした。それでも「アンタも信用できない」と言われると辛かったですが・・

kimiさん

確かにアルツハイマー病とレビー小体型認知症とでは、同じ認知症と言っても、まるっきり違う病気ですね。一緒には語れません。

アルツハイマーの方を見ると、ちゃんと歩けることがもの凄く羨ましく思うんですが、一見健康そうに見えながら重い症状があるというのは、本人にとっても家族にとっても苦しいことだろうとも思いました。

kimiさんのコメントを読んで、認知症の病気別の簡単な特徴を記事にしました。http://nonohana7.blog134.fc2.com/blog-entry-584.html
何となく自分が偉そうで、気が引けますが・・。

ありがとうございます!

とても分かりやすくまとめましたね。

こうして比べると、それぞれ全く違う病気みたいです。
1症状だけで一括りに「認知症」と呼ぶのは、事故でも、脳溢血でも、先天性でも、パーキンソンでも、足が動かないから「足動かない病」と呼ぶのと同じで乱暴ですよね。でも、医療や介護の現場では、みんな同じ扱いでいいと思っている人が多いのも現状です。それって、もの凄く残念な事です。

家族も本人も「認知症」という言葉を外して、「アルツハイマー病」「レビー病」などと呼ぶ方が気が楽な気がします。他人にもカミングアウトし易いし・・

20数年ぶりに話した友人が「当時、自分の親も60代で認知症だった」と告白しました。「どのタイプの?」と訊くと、「あの頃はただ“痴呆”と呼んだ。薬もないし、介護保険もヘルパーもなく、家族は途方に暮れて、分からなくなっていく人を見守るだけだった」と。。
80年代はそんな時代だったのですね。


kimiさん

気に入って頂けて良かった!でもわかりやすくまとめたのは、「ためしてガッテン」の雑誌の編集者で、私じゃないんです。(笑)

私もkimiさんと全く同感です。十把一からげに「認知症」と呼ぶのは、ケアも含めてマイナス面の方が多いと思います。
レビー小体型認知症という名前も覚え難く、取っ付き難く、残念です。いまだに「そんな病名、初めて聞いた」と多くの友人知人に言われます。
去年(?)書いたように発見者の名前を取って「小阪病」にして欲しいですね。

今朝、朝ドラの「カーネーション」を見ていたら、主人公の祖父に記憶障害が出ている場面がありました。でも同居家族は、それを当たり前のことのように受け止めて、普通に接していました。
大家族の中では、そんな風に自然に受け止めて、当たり前のことのように世話するということを何百年、何千年と続けてきたのか・・と思いました。
今、家族が、そうなれば、誰もが慌てふためくと思うのですが、それは、長い人類の歴史の中のつい今しがた始まったことなのでしょうか。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR