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家族が誰かわからなくなっても

認知症を患う人の家族にとって最も辛いことの1つは、自分の顔を忘れられることだろう。
自分とその人との関係性が失われたように感じるから。
決して短くはない年月の間に積み重ねられた宝物のような思い出も愛情も信頼も絆もすべて消え去ってしまったかのように感じられるから。

(母にもその兆候が始まっている。忘れているのか、わかっているけれど反応できないのか、よくわからないけれど。)

しかし認知症を患いながらその経験を本に書いているクリスティーン・ブライデンさん(詳細情報は、こちら。<福祉ネットワークHP>)は、コミュニケーションの次元が変わるのだという。
私は、この文章に救われた想いがした。

以下、青字部分が本からの引用。


 クリスティーン・ブライデン著「私は私になっていく」(P.141~142)

私はあなたと一緒にいる一瞬一瞬を楽しんでいるのだから、たとえあなたを覚えていられなくても、それがどれほど重要だというのだろう?
私は、あなたが前に来てくれたことも、あなたが誰かも覚えていないかもしれないけれど、それでもどうか訪ねて来てほしい。
訪問してくれるその気持ち、私に与えてくれる親しみの気持ちのほうが、はるかに大切だ。
私がつながるのはできごとの認知ではなく、感情なのだから。

私が覚えられなかったり、同じことをくり返したり、あなたの言ったことを忘れたとしても、そんなにひどいことだろうか。
あなたの訪問を楽しんでいるのに、そのことを覚えていなければどうしてもだめなのだろうか。

なぜ、あなたが誰なのか思い出せないといけないのだろう?
それは結局、あなたのアイデンティティを満足させるためだけのことではないだろうか?

あなたの訪問は、記憶してあとで思い出すような認知の経験ではない。
私を「今」という時に生きさせてほしい。
私が楽しい思い出を忘れてしまったとしても、それが重要でなかったということにはならないのだから。

私は、より深い精神的、霊的次元でつながる。
私はあなたの訪問を「今」という経験として大切にし魂と魂でつながっていく。
だからあなたは私のアイデンティティを認めて、私と一緒に歩んでほしい。

私はあなたをはっきりと認識できないかもしれないし、あなたが誰で、会いに来てくれたのかどうかさえも思い出せないかもしれない。
それでもあなたは確かに深いつながりを私にもたらし、神があなたを通して働かれることを許してくれるのだ。
それは文化と言語を越えて起こりうるもので、とても意味のあるコミュニケーションの深みである。
きっと私たちはみな、このようなコミュニケーションをめざすべきなのだと思う。

P1030850_2.jpg
ローズマリー。とてもとても小さな花。
2羽の鳥が愛を語らっているよう。

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No title

もう20年ほど前の事ですが、一人暮らしをしているとき買い物に行った八百屋さんで「○○さんですよね!」と声をかけられたことがありました。聞けば同じ中学の時の一学年下で、親の後を継いで働いているとか。いろんなエピソードを話してくるのですが、私は相手をさっぱり覚えていません。話の中に出てくる先生のや友人について相づちをうつのがやっとでした。耐えられずに「ごめん、覚えてないわ」と言ってしまったら、かなりしょげてましたね。
忘れている方にとっては、どうでもいいことで、忘れられた方にとっては結構なショックという構図を、忘れている立場として経験しました。

「どうして覚えていないの」と責める感情が沸き上がるのは、身内だったらなおさらですが、忘れている方にとってはどうでもいいことかもしれませんよね。忘れてしまって可哀想とか、大変だろうというのも、本当は相手への気遣いよりも、忘れられた私が可哀想であり、忘れたことで起きる不都合を尻ぬぐいする私が大変なのということではないかと。忘れている本人より、周りにいる人の心の問題なのだと、今日の記事で改めて納得しました。

No title

クリスティーンさんは、表現能力を失った認知症患者に代わって、気持ちを代弁するために選ばれた方ですね。彼女は病前、IQ200だったとか。知的能力が半分になってやっと普通の人並みですよね。

彼女の文章を読んでも、普通の人間より遥かに論理的で無駄のない整然とした知的活動を窺う事ができます。そして何より記憶を失う事を恐れない態度に感銘を受けます。彼女は抜群の記憶力を持っていたからこそ、記憶の持つ裏の顔も知っていたのではないでしょうか。

私はよく、記憶喪失になって夫も姑の事も全て忘れた奥さんが、それ以降二人とずっと仲良く暮らせるようになった話を思い出します。記憶は決して幸せと同分野ではないのに気がつけば、それ程嘆かずに認知症ライフを送れるのではないでしょうか?

クリちゃん kimiさん

記憶・・。色々なことを考えさせられますね。
「忘れられる」というのは、感情の深い部分を揺り動かされることですが、(だから誰も平気ではいられないのですが)「次元の違う見方・価値観」を持つことが大切なのでしょうね。

ここの所、認知症患者と知的障害者への偏見について書いたりしていますが、そういう偏見は、この社会には、当然あるだろうとも思うんです。
だって少しでも学校の成績が良いこと、少しでもミスなく、早く、大量のものごとを処理する(仕事をする)ことが、何よりも大事なのだ、そのために全力で頑張らなければいけないのだ、そうできた人が、社会的に成功し、富を得て幸せな人生を送ることができるのだと、誰もが教え込まれて
成長したんです。それがこの社会の価値観です。

母や兄は、そういう価値観で評価すれば、最底辺に居るわけです。「知的障害者なんて生まれない方が幸せだ」と言う人は、この世の中には、結構います。でもそう言う人を責める気になれません。だって、この世の中は、そういう経済中心の価値観で実際に動いているんですから。

けれども無論、その価値観が全てではありません。まったく次元の異なる価値観があります。その価値観は、私たちすべてを救う日が来ます。
だってすべての人は、老い、病み、一日また一日と、今ある社会の価値観からこぼれ落ちていくのですから。価値観を変えない限り、不幸に留まることになります。
老いること、病むことで、人は、視野を広げ、学び、新たな幸せをつかむチャンスを得るのでないでしょうか。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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