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動画(YouTube)の有益な活用

思いがけず母の動画が撮れた時、様々なことを考えた。

スマートフォンは、カメラの形をしていないので、撮られる方もカメラを意識しない。
(或は、カメラだと認識しない。)
そのために自然な姿を撮影することができる。

もしも病気の初期からその時、その時の姿を記録に残して、YouTubeに投稿すれば、医療や福祉に従事する人たち、認知症を疑う(患う)多くの人とその家族にとって、どれ程わかりやすい貴重な資料になるだろう。

「せん妄」「歩行障害」「認知の変動」「うつ状態」など、レビー小体型認知症の多くの症状は、本で読んでもわかりにくいが、映像を見れば、一瞬で納得できる。
症状が進んでも心は残っている、思いやりの言葉も出るということもわかる。
むろん投稿には、本人の承諾、家族全員の承諾が、必要だ。


もし自分が、認知症や死に至る病を得た時には、そういう形で記録を提供したいと思った。

人間が衰えて、徐々に死に向かっていく姿は、人に多くのことを教える。
いのちのはかなさだけではなく、いのちの輝きを。
生きている今日1日が、どんなに貴重で素晴らしいものかを鮮明に伝える。
昔、ホスピスで傾聴ボランティアをした時に知った。

私は、家族に映像で遺言も残したいと思った。
もしその時、孫がいれば、成長していく孫にもメッセージを残したい。


P1030677.jpg
秋の芙蓉






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No title

こんにちは。
私も、子供はいないけど、遺言は残しておきたいなと思います。

母がこうなって、母の残したものをどうしたらいいか。誰にあげたかったのか。を聞くことができたらと思います。少しずつ片付けをしているのですが、わからないので余計辛くなります。

本人の思いがあっての贈与かなと思います。
勝手に、家族が判断してあげるのは本人の意思ではなく、何なんだろう?
おととし、四国八十八ヶ所に母が出かけるとき、四国いけたらもう死んでもいいなんて言ってたので、冗談で「棺おけに入れるもの、遺品はどうするか書いておいてよ」何ていったことが思い出せれます。

遺言書

本当に必要です。
義父が亡くなった時は家を3日間捜索しましたが、遺言状はとうとう出て来ませんでした。以前に「妻の事は頼む。墓は東京で合祀してくれ」と話していて、それを親戚にも伝えてくれていたので、事なきを得ましたが、本家の長男が墓を抜けるのですから、そうでなかったら大問題だったでしょう。

自筆で日付と署名・捺印があれば、面倒な役所の手続きなしに有効な遺言書を書けますよ!どんな用紙でも、毎日書き直したってOKです。

今年亡くなった実母は、遺品分けすらできない状況ですが、私は物に執着ないし、母の想い出は私の記憶に沢山残っていて、自分が認知症になって忘れたらそれで無くなる方が良い気がします。

自分はこの世に存在した痕跡を残したくないので、関係者の記憶を全てデリートして、空気のように消えて行きたいです。
死後にWeb上の痕跡を消す「イレイザー」企業は本当に存在するそうですね。

みやさん kimiさん

みやさん
私も先月帰省した時、母の服やカバンやアクセサリーなどを見ながら、これを一体どうすればいいのか・・と辛い気持ちになりました。数は多くはないんです。高価なものもありません。でもポイと捨てる気にもなれません。
母は、何年か前に「死んだ時、迷惑をかけないように、少しづつ身辺整理をしていかなきゃいけない」と言っていました。でも整理できないままになってしまいました。
お母様、お遍路をされたんですね。充実された生活を送られて、ご本人も満足さていらっしゃったことをご存知なんて、あんまりない幸運ではないでしょうか?

kimiさん
親しい同い年の友人2人を突然亡くした経験があるので、自分もいつ死ぬかわからないとずっと思っています。いつ死んでもいいように準備もしておかなければと思うんですが、まだ遺言状も書いたことがないですね。
お墓のことは、本当にもめますね。きちんと意思表示をして置かないと遺された家族が可哀想。

「イレイザー」で、「沖で待つ」 (絲山 秋子著)を思い出しました。死んだ友人との約束を守って、彼のPCのデータ消去に行く女性の話です。男女の友情を描いていて、深く共感できました。
私は、「物」は、1つも残したくないんですが、自分の書いたものは残って欲しいとローティーンの頃から思っています。あさましいといえば、あさましい。業(ごう)ですね。

形見

34歳の下の弟は、母がいつも着ていたコートと手にぶら下げていた鞄をもらって、頬を寄せて「お母さんの匂いだ」と喜んでいました。高価な物とかではなくて、よく身につけていた物の方が想い出の品になりますね。

私は30年近く前に形見分けしてもらった、祖父のベレー帽を今でも大事に持っています。ハンサムでオシャレだった祖父が、禿頭にいつも冠っていた帽子でした。大学時代に時々冠ると、融通がきかず真っ正直だった祖父が人生の羅針盤として、近くにいてくれるような気がしてました。

形見って、遺された人の気持ちの支えなんです。

そういえば話は変わりますが、英語で遺族ってsurvivorなのですね。日本語の「遺された人」と比べて、生に対する能動的な視点を感じます。

kimiさん

ある人が、亡くなった人のパジャマや下着が洗えないと言っていました。
「匂いがするから」と。
そうですね。形見は、心の支えですね。

遺族って、英語で一般的にそう言ったかなぁと思って調べてみましたが、そう書いてありますね。
私は、「アイ・アム・ア・○○キャンサー(癌)・サバイバー」とアメリカ人から自己紹介された時、そういう風にその言葉を使うのかとびっくりした記憶があります。
全米で行われる独立記念日のパレードに「パールハーバー・サバイバー」の横断幕を持ったおじいさん達が歩いたのもびっくりしました。しかも観客が、その人達だけに拍手を送ったんですよ。(古い話ですが。)
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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