認知症への偏見 うつ病との共通点

46歳で若年性アルツハイマー病と診断され、3年後には前頭側頭型認知症と再診断された患者本人が書いた本2冊を読んだ。

オーストラリア政府で働いていた並外れて優秀な女性なので、この著者と母を結びつけて考えることは、難しい部分があった。
それでも患者本人が描写する症状やそれに伴う気持ちには、迫力があり、胸に迫る。
認知症を患う人が、どんな気持ちでいるかを知るには、素晴らしい本だと思う。

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私は、読んでいて、これらの症状や気持ちは、うつ病患者にもそのまま当てはまると思った。

今は、頭の中全体にぼんやり霧がかかっていて、何をするにも大変な努力とコントロールが必要だ。大変な努力を払わなくては、いつも間違ってしまう。(略)一生懸命にやろうと努め、よく休息を取り、少しも疲れていない限り、私は大丈夫だ。その時は、ほとんど正常と言っても通るだろう。でも心の中では、まるで爪を立てて絶壁に張り付いているように感じている。
(「私は誰になっていくの?」74~75ページ)

外見は普通に見えるので、同僚にも家族にもその内面はわからない。
口に出して詳しく説明しない限り、誰にもわかるはずはない。
でも1つ1つの症状とそれに伴う気持ちを説明しようとは思えない。
「自分はすっかりバカになって、使い物にならず、価値もないと感じる」
そう思っていたとしても、そうは言えないものだ。

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本の中で印象的な文章は多く、1つ1つご紹介できないのは、残念だ。
以下は、認知症(2004年の出版なので、本では痴呆と書かれている。今では痴呆という言葉は使わない。)を患う人に対するスティグマ(嫌悪感を伴ったレッテル)について書かれたものだ。
著者本人が望む認知症の人への接し方も書かれている。

認知症に対する特別視、負の感情は、依然として強いと思う。
アルツハイマー病で初めて受診する人の多くは、既に相当進行している人だという。
家族は『まさかあの人に限って”そんな病気”になるはずはない。歳相応だ』と思い込んでいるし、本人も『私は、”そんな病気”ではない!』と受診を拒否する。
家族が認知症であることを人に隠したり、介護サービスを受けたがらないという話もしばしば聞く。

これが、がんならば、少しでも疑いがあれば、誰でも積極的に受診するだろう。
(患者数は、認知症患者ががん患者をはるかに上回る。誰でもなる病気なのだ。)
がんも認知症も臓器の病気に過ぎない。
認知症になることは、悲しいけれども、恥ずかしいことでも何でもない。


以下、青字部分が、本からの抜き書き。


「私は私になっていく」副題「痴呆とダンスを」(クリスティーン・ブライデン著。2004年発行)

―スティグマからの解放―
 (略)
スティグマによって作り出されたこの壁が取り払われないうちは、人は助けを求めようとはしないだろうし、診断さえ受けようとしないだろう。そして得られるはずの治療や支援も受けられないだろう。痴呆とともに生きる私たちは、スティグマから解き放たれ、尊重され励まされてると感じたいのだ。高速道路をゆっくり車線の側に移るように、新しい人生を送ることができるのだということを知らねばならない。
私にはそのことが、知的障害を持つ人びとの苦境を描いたジェームス・ダドリーの本を読んだ時にわかった。知的障害と痴呆という言葉は簡単に入れ替えることができた。
 (略)
やがて自己を失うという悲しみを抱いて私たちの内なる世界は激しく動揺している。自分自身と同様に他者も失っていくことに、なんとか折り合いをつけていこうとしても、私たちは不安、怒り、悲しみ、疲労、衝撃、無力さ、無気力に圧倒されてしまうかもしれない。
 (略)
こんな言葉のすべてが、私たちに、能力のない人、地域社会の一員になる資格のない人、というレッテルを貼る。
私たちはただ進行性の脳の損傷を持つ、ひとりの人間なのだということを思い出すことができないものだろうか?
 (略)
痴呆を持つ人びとに対する差別に敏感になってほしい。私たちを正常な人と同じように扱い、まるでそこにいない第三者のように私たちのことを話すのはやめてほしい。批判したり、間違いをみつけて笑ったり、私たちがもうそこに存在していないかのように話したりしないでほしい。もちろん、何もかも私たちの代わりにやってしまわないでほしい。私たちを尊重し、私たちがなんとかやっていこうとどれだけがんばっているか、わかってほしい。
 (略)
私たちの欠陥ではなく、能力に注目してほしい。私たちを人間として扱い、人生に参加させてほしい。私たちが楽しんでやれることを続けられるように助けてほしい―自分が尊重され、感謝され、まだ社会の一員であると感じさせてくれるものであれば何でもいい。
(P.191~193)


P1010677_2.jpg
ペンタスだそうです。
ギリシャ語の「5」が語源。
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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