22日~26日、帰省します

その間、コメントやメールに短い返信はできますが、今まで通り、記事の更新はしませんのでご了承下さい。

今回も先月に引き続き、予定は、ほどんどありません。
特養側の希望により、特養の主治医を含めたスタッフとの話し合い、前の主治医への相談くらいです。

ある銀行の母の定期預金が満期になるので、特養まで来てもらって、私の立ち会いで手続きをしようと思ったのですが、満期日の1ヶ月以内でなければ手続きはできないと言われました。
ちなみに、母の状態には、大きな波があるので、調子の良い時に当たるまで繰り返し来てもらうことは可能かと質問したのですが、OKということでした。
すべての銀行が、そんな風に対応してくれるとは思いませんが・・。


先日、ある友人から「どうして毎月お墓参りに行くのか」と訊かれました。
長い間、帰省は、1年に1度でしたし、「帰省したらお墓参り」というのが習慣になっていたので、何となく行かないと落ち着かないんです。
大好きだった祖父母や曾祖母に顔を見せたいし、大事な法事の時、行けなかった亡き伯父にも申し訳なく感じていますし・・。
別に信仰からではなく、『せっかく帰省したんだから、ちょっと会いに行こう』という感じです。


関東は、突然、秋になり、夕べは秋の虫が鳴いていました。
その2日前の夜には(夜ですよ、夜)、熱帯夜の中でセミが鳴いていました。
今朝、散歩したら、萩の一輪目が咲いていました。
紫式部の実も、まだ緑ですが、たわわに付いていました。
異常な蒸し暑さの中で、私がヘロヘロになっている間に、虫や草花は、ちゃんと着々と次の準備をしていたんですね。
凄いなぁ。

では、明日、何か書けたらまた書きます。

みなさん、お元気でいらして下さいね。

しば

P1030233_2.jpg
フウセンカズラの花。
肉眼ではよくわからない位小さい。
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お墓参り

毎月墓参りが出来るなんて羨ましいです。うちは車で片道3時間程かかる山奥なので、前もって計画しなければ行けません。
よく、「墓参りをしないと罰が当たる」といいますが、墓参りができるだけの経済的・精神的余裕が持てる生活を目指しなさいという教えだと感じます。1年に1回でも、先祖がいるから自分があり、やがて自分も死ぬのだということを考える機会ではないでしょうか。
うちの墓の周りに、誰も参ることのない墓がいくつもあります。墓石をよく見ると、戦争中に二十歳台で亡くなった人たちでした。全く知らない方々ですが、雑草を払い、線香を手向けます。さぞや無念でしょうが、私たちが生きているのも、あなた方のお陰です、と。

今日は5歳で亡くなった伯母(舅の姉)の命日です。生きていれば米寿の歳。もしかしたら認知症で苦しんでいたかもしれません。生きていればいろんな事がありますが、大震災を経て思うのは、生きているなら、生きていこう…そう、虫や草花のように、何があっても生きていくことなのだと。

今回の帰省で、特養との話し合いがうまくいき、すこしでも安心感が増しますように祈っています。

お墓参り

私が将来入る予定のお墓も飛行機と電車とタクシーを使って行く山奥にあり、まだ数回しか行ったことがありません。
夫の親戚の家に行った時、山奥の家で、家の裏手から数分山を登った所にその家のお墓があり、とてもびっくりしました。
嬉しい時、悲しい時、淋しい時、いつでも花を持って亡くなった家族や先祖に会いに行けるというのは、計り知れない精神的安定をもたらすんじゃないかなぁと、その時、思いました。
大地に深く根を張って生きるとは、こういうことかと。

「生きているなら、生きていこう。何があっても」というのは、ずしりとお腹に響く言葉ですね。
若く、身軽で、力に溢れていた若い時には、理解できなかった感覚です。

No title

私は母方の祖母の家へ行っても墓参りした事がありませんでした。
墓はずっと遠い市で駅からも遠く、法事で寺に集まった時に皆で参るくらい。
でも、祖父はとても信心深く、毎日朝起きたら仏壇を開いてお経をあげ、夜寝る前にも1回お経を読んでいました。小さい頃は祖父をお坊さんだと思っていたくらい(スキンヘッドだったし)。そう、伯父伯母も教が読めました。戦後教育を受けた人達はダメ。

父方の墓は一度も行った事がない(物心つく前は分かりませんが)。
九州は久留米のどこかにあるとは思いますが。。。
父の墓は分骨して東京にもあるので、そちらに命日には行きます。

グローバル化の時代。子孫はどこに散らばるかも分からないし、日本の家族墓の伝統は地方でしか存続できないでしょうね。私の友人なんて夫はインド人、息子は米国人と結婚して移住。孫は米国籍。彼女の夫婦は日本に住んでますが、骨はどこ行くんでしょうね~。

先祖を敬い、一族同じ墓に入るのは、多分朝鮮から来た部ノ民の先祖達が伝えた儒教の影響でしょう。それと国土が狭くて個々の墓を作ってたらすぐに田畑や家も潰さなくちゃいけなくなるから。
更に狭い奈良と鎌倉には檀家制度がないのですよ。「だからハカナイ」と薬師寺の坊主が言ってました。(鎌倉の墓は横穴式の集合アパート・・最近の合同墓のよう)

ところで、フウセンカズラの花は初めて見ました。可愛いですね!

No title

お墓は、本当に色々ですね。
奈良と鎌倉の話には、びっくりです。
将来は、遺骨をお墓ではなく、自宅に置いたりして拝む人も増えるのではないでしょうか?

色々と言えば、私の実家には、仏壇がありません。(両親共に末っ子。)
お盆とかお彼岸とかの宗教行事もまったくない家でした。(お彼岸というのは、おばあちゃんの作った美味しいおはぎが食べられる時という認識でした。)

結婚後、初めて火を焚いたり、お経を読んだり、仏様(先祖のことをそう呼ぶということすら知りませんでした。)のためにお盆の間、作る食事が、3度3度決まっていることなどを体験し(そこまでする家は少ないと思いますが)もの凄いカルチャーショックを受けました。
『で、そのホトケサマというのは、今、どこにいるんだろう?』と思わず、夫の実家の中を見渡しました。(本当の話です。)

でも昔、アメリカ人の書いた本(洋書)の中に、日本に来て「お盆」という行事に救われた(著者は、子供を亡くした女性)という部分があり、亡くなった家族や先祖と交流するお盆という伝統行事は、生きている人間にとっても素晴らしい行事なのだと思うようになりました。

フウセンカズラ。
花といい、実といい、葉といい、クルンと巻いた蔓といい、本当に美しく、可愛いですね。すっかり魅せられてしまいました。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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