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父の特養への要望 「富士山に連れて行く」

その後、父は父で、特養にとって「扱いの難しい人」になっている。

「なぁ、あそこ(特養)に何か言う時は、誰に言えばいいんだ?」
父が電話で訊いてきた時、何度も説明した。
「事務所にいる相談員の○○さん(男性)。それ以外の人はダメだよ」

父があれこれ言うのは迷惑だとはわかっているが、何を言っても父を止めることはできない。
相談員の○○さんは、優秀な人だと思うので、父の訳のわからない要望にも上手く対応してもらえると信じていた。
(実際そうなっている。)
万一、父が突然怒り、大声を張り上げたとしても(父の声は人より大きい。)男性職員相手なら、相手への精神的ダメージも小さいだろうと思う。
(父は、家族にも人にも暴力は決して振るわない人だが、激怒すると、今にも拳が飛んできそうな迫力がある。そんな恐れを女性職員に抱かせるのは、とても辛い。)

父は、様々なことを要望し続けているが、最初は、こうだった。

 外出させたい。2人で富士山までドライブに行く。

相談員の○○さんは、丁寧に、しかしきっぱりと断った。
福祉タクシー(車いすやストレッチャーに乗ったまま乗車できる。)を利用すれば外出もできるが、それでも遠出は、危険も伴い無理だと。

私はといえば、ただただ驚いて、言葉もなかった。
母が、大好きな富士山に行きたいと言ったのだろうか。
恐らくそうだろう。

父は、母が急変した時(2010年3月)からずっと、母が「こうしたい」と言えば、どんなことでもその通りにしようとした。
母が「薬を捨てて」と言えば、捨て、「家で暮らしたい」と言えば、自宅介護をしようと、今でも思っている。

特養付きの主治医から「末期です」と言われたことは、父には伝えていない。
(私自身、今は、まだ末期だとは思っていない。)
「お父さんは、どんどん良くなるって言ってるよ」
という母の言葉通り、父は、母の回復を信じて疑っていないようだ。


P1030073.jpg
アンセリウム。
今日が誕生日の友人が好きな花。


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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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