7月の帰省4日目(2)刻み食(追記あり) 

夕方、父と2人で行くと、母は他の利用者と一緒に食堂のテーブに付いている。
食事が運ばれるのを待ちながら、怒っている。
「すぐ来るって言ったのに!一体何やってるの?!」
母は、私や父や配膳する職員を終始責め、異常に頑固だった。

「お母さん・・、性格、変わったね・・」
思わず口に出した。
「変わったんですか?!前は、こうじゃなかったんですか?!」
配膳している職員が、目を丸くして訊き返した。


母に運ばれた食事を見て、再び衝撃を受ける。
細かいつぶは残っているが、噛む必要のない状態のおかずとおにぎりだった。
おかずの名前も食材も、見ただけではわからない。

私 「これは・・何食というものですか?」
職員「刻み食です」
私 「入所した時からずっとこれですか?」
職員「そうです。おにぎりは、○○さん(母)の希望で、途中から変わりました」

入所した日から「ご飯(食事)がまずい」と言い続けているというのは聞き、不思議に思っていた。
父は、何の疑問も持たなかったようだ。
(追記:こういう食事にした理由は、この翌日、看護師から聞いた。)

同じテーブルの1人の女性は、食べ物も飲み物も一切拒否して口を結んでいる。
職員は、盛んに話し掛けるが、その人が声を発することはない。
母は、なぜかその女性の名前を「タケシ」と信じている。
「タケちゃん、食べなきゃだめ。一杯食べて、早く元気にならなきゃ。みんな、それを待っているんだから。ねっ?」
突然、昔の優しい顔で母が話しかける。
コミュニケーションの手段がないのかと思っていたその女性の目に、みるみる涙が溢れた。

母を含めたそのテーブルの3人は、それぞれに支離滅裂な会話を展開していく。
(もう1人の「タケシ」さんは、常に無言。)
けれども他の2人の感情に共通するのは、哀しみで、母は、常に2人を慰め、励まし、導こうとしていた。

母は、途中、父のことを「シゲさん」と呼んだ。
「シゲさんって誰?お父さんは・・」
「変なこと、言う子だね。ねえ、シゲさん」
父は、苦笑いをして黙っている。
私は、それ以上、恐くて言えなかった。


食後、薬を渡される。
6錠と抑肝散1包。サプリメント(フェルガードハーフ)もない。
明らかに少ない。前の医師の処方とは違っている。
胸がザワザワと波打つ。

妹と電話で話すとグループホームでの食事の形態(一品一品を1~1.5cm角位に切ってあった。それを「刻み食」と呼んでいた。)については、色々な職員から何度も訊かれ、その度に詳しく説明したという。
特養の主治医と入所前に1時間程話した時の感じからは、処方を勝手に変えることは考えられないともいう。
主治医「積極的治療はしない。レビー小体型認知症は、今までの主治医に診てもらって構わないが、通院が困難というなら、こちらで今まで通りの処方をする」

追記:「介護110番」というサイトの「介護ことば辞典」で調べると安全な刻み食とは、まさに特養で母が食べていた形なのだとわかった。
グループホームに居た時の母は、飲み込みにほとんど問題がなかったために、毎回無事に完食していたが、それは、飲み込みに問題(嚥下障害)がある人には「安全な刻み食」とは呼べないようだ。
詳しくは、こちらを。

P1030001.jpg
ブーゲンビリア(筏葛。いかだかずら)
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No title

しばさんのお母様は十分柔らかめの普通食が食べれそうですよね。
おにぎりを噛んで、飲み込めるなら大丈夫ですよ!
嚥下障害を心配しすぎているのではないでしょうか?
でも、噛まないとあごも喉も筋肉が弱って、どんどん食べられなくなります。
それに伴い、脳への刺激も減るし・・

うちの義母は、まず声がかすれてささやき声しか出なくなり、それに伴いゴクッと飲み込むのが難しくなり、ドロドロの食事になりました。
いろいろ試しましたが、芋羊羹はモゴモゴして、飲み込みにくい。却ってケーキのスポンジはクリームと一緒だと結構いける。基本はプリンやゼリーのような物ですが、職員の話では、お煎餅も口の中で時間をかけて溶かして食べられるそうです。どうやって食べたか知りませんが、刺身も食べたって言ってました。

動けなくなったら、唯一の楽しみは食べる事ですものね!
早急に改善してあげたいです。

薬の事は、どうも主治医とのコミュニケーションというか、彼の「治そう、改善しよう」という意思の欠如を感じられます。
頭の中で「特養=終末」という強固な図式が出来上がっているのではないでしょうか?何とか教育を授けて啓蒙したいですね!

ブーゲンビリア、母が一番好きな花でした。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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