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7月の帰省3日目(2)特養の主治医は、末期で手立てがないと言う

再び母を訪ね、部屋を飾り付ける。
朝顔とひまわりの造花を飾ると、母は、「きれい」と喜んだ。
子供(大学生)の描いた絵を飾り、<これは孫が、○○○○(母)のために描いた絵です>とメモを付けた。

母は、調子が良く、先月持って行った石原裕次郎のテープを聞かせると一緒に歌った。
「♪おいらは、ドラマ~、やくざなドラマ~♪」
私は、一緒に歌いながら、モンチッチを歌に合わせて踊らせる。
母は、愉快そうに笑った。
歌い終わるとモンチッチとハイタッチをし、2人と1匹で「イェ~イ!」。


看護師が、私を呼びに来た。
特養の主治医が来る曜日(週2回)なので、会って話したいと職員に伝えてあった。
主治医と会うのは、初めてだ。
「先生とちょっと話してくるね。待っててくれる?」
「わかった。頼むね」
診察室のような部屋に案内され、立ったまま話をした。

「薬のことで何かお話があるとか?」
母は、レビーの中でも特に薬の副作用が激しく出るタイプだ。
今まで医師から処方された薬で大変なことになったので、薬の変更や増量には、よくよく気を付けて欲しいということは、既に入所前に看護師に伝えてあった。
アリセプトも日に1mgまで減らして、やっと精神的に落ち着いたのだと。
相談員の○○さんとの話から、これ以上、薬について触れるのはまずいと感じ、あえて薬の話は避けた。

母の現在の病状を訊かせて欲しいとお願いする。
主治医は、「まだ何回も診察していないので、こちらの方が逆に伺いたい」と言う。
3月末の圧迫骨折以来、毎月急激に悪くなっていると伝える。
先月までは、普通に話せる時と会話にならない時の波が繰り返しあったが、今は、普通に話せる時間は、とても短くなったと伝える。
「そうですね。普通の会話ができることは、ほとんどないですね」

家族に対しては、足をひどく痛がったりするが、職員に訊くと足はあまり痛がらないと言われたとも伝える。
「体が固まっていて自分では動かせませんからね。それだけでも痛みの原因になります」

嚥下障害(えんげ障害。飲み込みの障害)は、いつ頃から始まりそうかと訊く。
「時期までは、わかりません。ただお母様は、パーキンソンの末期です。どんどん悪くなっても良くなることはありません」

体の拘縮(こうしゅく。硬直していくこと)や嚥下障害を多少とも緩和する方法は、何かないのかと訊く。
「末期ですから・・。薬もありませんし、もう手立てはありません」

P1020833.jpg
桔梗(ききょう)
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No title

私は医師ではないのですが、パーキンソン症状を緩和する薬はあるはずです。うちはペルマックスを今年になりはじめました。

ただ、これも分量が微妙です。

うちの場合、朝一回。
50マイクログラムと書かれていました。
http://www.qlife.jp/meds/rx78.html

それを、一時期朝昼晩あげたら、廃人のようになってしまい(ききすぎ)朝一に戻しました。

その辺の加減が難しいと感じました。

100%完治は難しいけれど、
衣服の脱ぎ着など、かなり困難だったり、
酷いこわばりが、最近、なぜか?減ったような・・・。

それと、うちも、
会話は完全にできません・・・つまり末期?
レビーで薬剤の影響が多大に出るタイプ・・・しばさんのところと似てます。

それから、私たち家族は「リハビリ」をしないと決めたこと。
ここはしばさんの考えとは変わります。

前は、手術直後はそう思ったのですが、
今、そう思わなくなったのは、

この病気は、基本的に回復はしない、
今より悪くならないように予防する、
言葉の意味を理解できない母にリハビリを強要させるのは拷問に近い、

そう判断したからでした。

自宅で一緒に暮らしていると、
トイレに行くときに、数メートル歩いたり、
ゆっくりですが、階段を、下りたり、
食事中に皆から話しかけられて、なんとかそれに答えようとしたり、
目の前にあるものをつかもうとしたり、

そういうひとつひとつをリハビリと捉えており、
訪問リハなども、すべてやめてしまいました。

要介護5ですが、使っているのは、
デイサービス1日、
ヘルパー、3時間×2日、
借りているのは車椅子のみ!

自分でも笑ってしまいます。

元々主治医から一番怖いのは嚥下、
命を落とすとしたら嚥下、
といわれております。

むせる、というより、飲み込みができない感じで、
それは朝に多いのですが、、、
飲もうと思っても、脳からの指令がうまくいかず、
喉のあたりから、ピキッピキッと奇妙な音がして、
必死に飲み込もうとする母、飲み込みに応じない母の喉、
それは見ていて本当につらそう。

でも、ゆっくり時間をかけて数滴ずつ与えると、
飲めるようになっていきます。

数滴ですから、むせることはないですね。
あと、ガン見していますから!

嚥下の問題は本当に辛いです。
ただ、嚥下がダメなときは、脳がショートしていると捉え、
あまり無理に食べさせずに、極端な話、寝せてしまってもいいと思うくらいになりました。

昔は「嚥下」えんげ、と読めなかった私。
ほんとうに、数ヶ月でかなりの物知りになりましたよー。

雪さん、kimiさん、ygraciaさん、非公開コメントを下さった方

皆さん、それぞれにとても貴重な素晴らしいコメントを下さり、本当に感謝しています。
お陰さまで、あらためて「感情失禁(情動失禁)」について調べたり、教えて頂いたりして、理解を深めることができました。「刻み食」についても同様です。本当にありがとうございます。

なにしろ生まれて初めてのことなので、起こること、起こることが、未経験。その度に、調べ、人に訊き、教えを頂き、少しづつ学び、理解し、対応しているという状態です。多くの方々もそうなのだと想像します。

雪さん*リハビリに関しては、今月の母を見る限り、もう「リハビリ」という段階ではないと感じました。ただ、訪問リハビリでは、マッサージや関節・筋肉を伸ばすということもして頂いていたので、そういうことは必要だと思っています。

ygraciaさん*フェルガードは、今回の帰省で許可を得て、今週から再び飲み始めています。効果が出ているように思います。

『なぜ母が、終末期?!なぜそう決められ、なぜそう扱われる?!』と一番強く思っているのは、私です。激しくそう思い、それを特養に迷惑にならない方法で伝えたいと(自分では)努力したつもりでしたが、失敗したようです。
希望を伝えることの難しさを思い知っているここ数日です。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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