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7月の帰省2日目(2)豹変する母に耐えられない父と兄

特養の相談員の○○さんに会い、母の詳しい様子を聞いた。
言葉を慎重に選ぶ○○さんの説明からでも、母がとても手のかかる難しい利用者なのだとわかる。
職員は、飲食の拒否、服薬の拒否に苦労している様子。

その後、夫と墓参りに行き、伯母の家を訪ねる。
私と妹の連名で出した挨拶状を読んで、親戚の何人かが、特養に母を訪ねようと言っていると聞く。

午後、父と兄と夫と私の4人で母を訪ねる。
午前中、母が、とても暑がっていたので、夫は、寝室に2台あった扇風機の1台を持って行った。

最初の15分ほどは、母も明るかった。
私の夫を相手に昔通りの笑顔を見せた。
モンチッチ(猿のぬいぐるみ)と楽しそうにふざけたりもした。
(ハイタッチのように手のひらを合わせる動作を繰り返す。)
しかし徐々に表情が険しくなり、相手をすることが難しくなった。

「トイレに行く。トイレに連れてって。どうしても行きたいの。連れてってって、言ってるじゃないの!どうして言うこと聞いてくれないの!」
と延々と言い張る。
「早く行かないとバスに遅れちゃう!みんな待ってる」
「さぁ。じゃあ、みんなで出掛けようか。何食べに行こうか?なんで行かないの?!」
など、何をどう言おうと納得せず、どんどん攻撃的になっていった。

「オカアサン、ダイジョウブ?」と言っていた兄も、途中から「カエル(帰る)!」と怒り出す。
父は、終始押し黙っていたが、どんどん落ち着きがなくなり、「じゃあな!」と唐突に部屋を出て行った。
「お父さん!お父さん!行かないで!」
母は、悲痛な顔で父を呼んだ。
車2台で来るべきだったと深く後悔する。

何時間でも母に付いていたいと私は思い、夫もそう言っていた。
しかし2人が帰ると言い出せば、もう帰るしかなかった。

母は、話の中で「近くに動物園ができたから見ておいで」と言っていた。
「お母さん、お父さんとお兄ちゃんとちょっと動物園を見て来るね」
「あぁ、それがいいね。動物に噛まれないようにね。○○(兄)が迷子にならないように気を付けてやって」

P1020911.jpg
トレニア(夏すみれ)。ゴマノハグサ科。
こぼれ種でよく増えるそうです。
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お花の名前

それはトレニアです。別名「夏すみれ」

ゴマノハグサ科で、こぼれ種でよく増えます。
うちにあるのはブルーの原種ですが、放っておいても秋は一面これで埋まります。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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