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6月の帰省4日目(2)心配スパイラル 賢母の顔

面接が終わると、母は、また別人になった。
心配スパイラルが始まる。
「どうすればいいの?」「どこに行けばいいの?」「夕食は、何にすればいいの?」「どこで待ち合わせすればいいの?」「間に合わなかったらどうするの?」
険しい顔で、際限なく問い続ける。
妹が、おどけて一生懸命笑わせるが、一瞬微笑んだ後は、また眉間にしわを寄せる。

「ねぇ、あんた(私)、荷物、もうちゃんとまとめたの?戦闘服入れた?」
これには、妹と2人で大笑いした。
しかし母が突然言う意味のわからない言葉は、象徴的で、時々ドキリとすることがある。
私は、実家に帰る時、目には見えない戦闘服を着ているかも知れない。

夕食後に再び母を1人で訪ねると、穏やかな顔をしている。
頭も今回の帰省の中で1番良く動く。
母たち(兄の通所授産施設の保護者)が、何十年も積み立てたお金で悲願のケアホーム第1号が近々できること、そこに兄が優先的に入れることをゆっくりと説明した。

母は、適切な質問をしてくる。
「ううん。必ず入れてくれるって所長さんが、ちゃんと約束してくれたんだよ。お母さん、病気だし、お父さんも大変だろうからって。真っ先に入れてくれるって。
お兄ちゃん、そこで安心してずっと暮らせるよ。週末は、○○(実家)にも戻って来れるよ。お母さんにも毎週会いに来れるよ。
お母さんの何十年来の夢が、やっと叶ったね」
「・・・良かった・・・。本当に良かった・・・。こんなに嬉しいことはないね・・」
昔通りのしっかり者の母の顔でつぶやいた。



父には、帰省の度に生活のあらゆること(掃除の仕方、ゴミの出し方、買い物の仕方、洗濯の仕方、等々)を繰り返し伝えてきたが、まったく無意味だと初めて悟った。
父の家事には、理解できない面が限りなくあるが、父は、それを正す気はかけらもない。
今後も何も変わらないだろう。

P1020533.jpg
時計草(トケイソウ)
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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