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4月の帰省4日目(1)父の2度目の介護認定調査

朝、父のための介護認定調査員(1人)が来る。

半年前の認定は、要支援2(去年の3月までの母と同じ。)だったが、父は、ヘルパーなどまったく必要ないと言い、何のサービスも受けていない。
しかし将来、父が困るようになった時、いつでもサービスを開始できるように介護認定だけは受けておきたい。

前回も今回も「父が認定を受けることで母の特別養護老人ホーム(特養)への入所順位が上がる」と説明すると、父は、何の抵抗もなく面接調査を受けることを承諾した。
自分が、本当に認知症か否かなど、深くは考えていない様子だった。
(ピック病は、早期から病識―病気の自覚―がまったくない。)

介護認定調査員が、家に着いた時、父の症状を書いた紙を渡す。
(これは、重要なことだ。本人の前では話せないが、伝えなければ、面接だけでは決してわからない。多くの認知症の人は、人前では問題がないかのように巧みに取り繕う。父もだ。)

父は、素直に落ち着いて調査を受け始める。
しかし調査員が、一言体調に付いて触れると、突然、関を切ったように話し始める。
父「それがねぇ!去年、無料の健康診断を受けたら、大変なことが起こってねぇ!」

去年、前立腺に関する数値が、若干高めだったので経過観察が必要だと言われた。
私が何度説明しようと、何人の医師が説明しようと、父は、何カ所もの大病院で精密検査を受け続けている。

父は、放っておけば1時間でも話し続ける勢いで一方的にまくしたてる。
私「お父さん、これ、時間の制限があって、次の人が待ってるの」
父「(むっとして)・・わかった。じゃあ、この話は、ここで止めとくけどな」

父は、40分程の面接中、4回まったく同じ言葉で同じ話を繰り返した。

新しい話が、1つだけ出た。
父の認知症の主治医(母の主治医でもある。)が「あぁ、○○さん(父)は、別に問題ないよね?今は、別にいいよね?何か問題が起きたら、また一緒に考えようか」と言って、何の検査もしないし、説明もしないと訴える。
父「2ヶ月に1回来いって言うから行ってやってるけど、もう医者を代えようと思ってるところでね」
私は、主治医の父への言葉を初めて聞き、適切だと思った。
(主治医が検査をしない理由は、こちら。)

半年前には、「物忘れなんて一切ない!」と言い切っていたのに、今回は「メガネを探す位のことは、よくありますよ。毎日かな」と言った。
「認知症が、若干でも始まっているかといえば、まぁ、始まったのかも知れないですね」
病識があるのかと驚くが、事実と違うこともいくつも言う。
父が、異常に怒りっぽく、運転も危険だったのは、去年の夏までだったが、私と妹は、今でもそう言い続けているかのように調査員に言う。
掃除も料理も妹が通って手伝っているが、「誰の助けもなく1人ですべてきちんとやっている」と言う。

面接が終わってから、調査員と2人で外に出て、15分程質問を受けた。
父に隠れて立ち話をしていたが、見つかってしまった。
すぐ言い訳を考えたが、父は、気にも止めずに出掛けて行った。
調査員は、浪費をする父の経済状況は大丈夫なのかと訊いたが、父の通帳の管理は、父自身がしているので、私には、わからないと伝えた。

仕事もないのに父は、一日中(車で)本当によく出掛ける。
昔からじっとしていない人だった。

調査員が来る前も夕べ来た私の子供(年上の方)を連れて車で出掛けていた。
子供の就職活動に関連のある企業を見せて回ったらしい。
父「じいじに言わせるとなぁ!あそこは、立地が悪過ぎる!あれじゃ売り上げは伸び
  んぞ~!」
饒舌に楽しそうに子供(父の孫)に説明している。
子供も楽しそうに上手く相手をしている。

私「じいじ、同じ話ばっかり繰り返さない?」
子「それは、昔から。(自分が)小学校の時からだよ。別に認知症とは思えないけどね」

P1020357_2.jpg
小海老草。葉が赤く長い房に変わる。
挿し木で増える。
(背景悪いが、今、咲いているので)
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tag : 介護認定調査

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No title

ピック病は、基本的に短期記憶障害は、かなり進行しないとないと書かれていますが、実際にはアルツハイマーで発症しピック病になったと考えざるを得ない症例もいるようです。
お父様の車の運転は、アルツハイマーなら迷子になることが増えて行きます。ピック病なら、信号無視などの法規を守らない運転になっていきます。
しばさんのお子さんのお話から、どちらも無いようなのでレビーの可能性もあります。
レビーの一部の方で、症状や画像診断でもピック病との区別がつけられない方もおります。
原因にこだわるのは、治療薬の選択が大きく変わるからです。現在は特に薬を飲んでいないようなので、原因にこだわる必要はないかも知れませんが・・・。

hokehoke先生

コメントありがとうございます。
父は、薬物治療はしていません。
ピック病と診断された時、アリセプトを飲めばもっと怒りっぽくなると言われ、薬物治療はしませんでした。
新しい主治医からは、個々の症状を穏やかにする薬はあると言われましたが、父は、去年の夏をピークに、どんどん穏やかになったので、やはり薬は飲みませんでした。
フェルガードだけを飲み続けていますが、飲み忘れることも多いようです。

運転は、去年の夏には信号無視などが見られましたが、今は、時々道に迷っている印象があります。(全国どこに行こうと絶対に道に迷わないというのが、父の長年の自慢でした。)

おっしゃる通り、父は、いったいどういう病気なのか、さっぱりわからないというのが、本当の所です。
しかしそれでいくら悩んでもどうにもならないので、今は、開き直って、問題が起きてきた所で治療を考えれば良いと思っています。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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