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4月の帰省3日目(3)注射はできない

母をグループホームに送り届けると昼食時になっていた。
ストレッチャーを通すためには、共有スペースに置かれた椅子を動かさなくてはならず、1階の利用者全員、お昼を食べずに待っていてくれた。
全員に謝ったが、あまり反応はなく、すぐ食事が始まった。
かなりお腹が空いていたのかも知れない。
普段は、多くの方が、いつも愛想よく、私とも色々話をしてくれる。

私 「お母さん、お腹、空いた?お昼あるけど、頂く?」
母 「あんたたちも(お昼を)もらいなさいよ。注文してあるから」
職員「○○さんは、いつも自分のことより人のことばっかり気にされるのよねぇ・・」

施設長が居たので、注射の件を相談する。
しかしグループホームに看護士はいないので、注射をすることはできないと言われる。
父にはできそうもない。(特に針の処理)
代わりにしてくれる人を捜さなければいけない。

一緒に来た私の子供が、都合があり自宅に帰るので、その前に兄の部屋の掃除を手伝ってもらった。
窓ガラスの汚れや棚のほこりが、ひどくなっていた。

子供は、「来て良かった」と言って帰って行った。
入れ替わりで、もう1人の子供(年上の方)が、都内の大学から直接やって来た。
駅で拾い、そのまま一緒に母の所に行った。

子供「○○だよ~。今、着いたばっかりだよ~」
母 「○○?」(嬉しそうに微笑む。)
あまり調子は良くなく、視線も合わさず、ボソボソと話す。(不調時の特徴。)
私 「なんで○○(母の孫)の顔、見てやらないの?」
母 「だって恥ずかしいんだもん」

時々妄想が入るが、「じゃあ、そうしとくね」などと話を合わせると、すぐ納得して、それ以上は言わない。
今までは、何を言っても納得せず、いつまででも心配して言い続けていた。

母からは、会話が出て来ないので、一生懸命昔話を持ち出す。
昔、路上で暴力団員に因縁をつけられても、ひるまず喧嘩した話をしてくれた。
母「”ばばあ、車から降りろ!”って言うから、”嫌だ!私は、何もしてない!”って言い返
  してやった。回りにいた人が心配して、すぐ警察を呼んでくれてね。次の日、頭を
  丸坊主にして、警察の人と一緒に謝りに来たよ。蹴飛ばしてへこませた車の修理代
  も払ってくれたよ」

帰りの車の中で子供が言う。
「あれじゃ、ばあばが、可哀想だよ。せめて何でもいいから音楽でも流してあげたらどう
 なの?」
今までも色々聞かせたが、母は、うるさがった。諦めずにまた試してみようと思う。

父には、整形外科の医師に言われた通りのことを伝えた。注射の話は、伝えなかった。
父は、「そうか!治るか!歩けるようになるんだな!」と何度も何度も繰り返した。
骨折を繰り返す可能性、歩くことの危険性も話したが、それは風のように父の頭を通り過ぎ、何の痕跡も残らなかった。


P1000872.jpg
都忘れ(母が特に好きな花の1つ)
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tag : グループホーム

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レビーの心配性

義母の特養に最近入所されたと思われる女性がいます。
面会に行ったとき、廊下をうろうろして外に出たがっていました。
歩き方といい、顔つきや、しゃべり方といい母にそっくりで、どう見てもレビーだと思います。「嫁が心配で、家が心配で家に帰りたい」と訴えているみたいで、職員は「お嫁さんに電話したら大丈夫だって言ってましたよ」と受け流していました。しかし「いつ電話したの?」「なんて言ったの?」とマトモに尋ねたかと思うと、行きつ戻りつ、自分がどこにいるかもどうやったら外に行けるかも分からず不安そうでした。
見ているのが辛く、彼女が安心して施設で暮らせるのか心配になりました。経験値の少ない人間は巻き込まれて耐えられなくなりそうです。

レビーの人は常に不安を抱えて、おろおろしていますよね。彼等を幸せにするにはどうしたらいいのか、考えこんでしまいます。

kimiさん 

母は、元々心配性でしたが、この6年位でそれが異常になりました。今、思えば、それも症状だったのだと思いますが、その頃は、わかりませんでした。
「薬に頼るな。周囲の対応に寄って変えることができる」と色々な本には書いてありますが、「ああ言えば、こう言う」で、不安はどんどん大きくなるばかりなので、家族もクタクタになってしまいます。
私の母の場合、泣いたり怒ったり、感情も高ぶりますから。父は、最後は、喧嘩ですね。それが益々症状を悪化させるのでしょう。
彼らを安心させるのは、並大抵のことではありませんね。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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