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母、骨折

母は、1週間程ひどく腰を痛がっていた。
妹が、仕事の休みの日に病院に連れて行こうとしたが、なぜかその日になるとケロリと痛みが消えてしまう。
3月30日に整形外科の定期検診の予約が入っていたので、その時診てもらおうということになった。

週末、父は、腰を痛がる母を連れ出し、県外の動物園まで連れて行った。
なぜそんな無謀なことをするのかと責める妹に、父は、いつもの言葉で答えた。
「お母さんが、行きたいって言うんだから、しょうがないじゃないか!」

父のよくわからない説明によると、動物園では問題はなかったという。
しかし自宅に帰り、トイレに入った途端に、母は、痛みで動けなくなった。
たまたま実家を訪ねた妹が、玄関の戸を開けると
「そんなとこに座り込んでちゃ、どうにもならんだろ!!立て!!」
という父の怒鳴り声と母の泣き声が、響き渡っていた。

母がまったく立てないとわかると、妹はすぐに救急車を呼んだ。
かかりつけの市立の総合病院には、受け入れてもらえず、別の大きな病院に運ばれた。

妹「骨折も何の異常もありませんって。でも炎症反応が出てるって」

母は、骨折に関しても何度も誤診されている。
危険な骨折だと言われて入院したら「精密検査の結果、折れていませんでした」と言われて即日退院した。
レントゲンで折れていないと言われていた骨が、後日撮ったCTスキャンで折れていると言われたこともある。

母は、救急車で運ばれた翌日には、痛みがなかった。
父「お母さん、脅かしやがって!もう治ったぞ!大丈夫だ!安心しろ!」
父に、絶対に安心してはいけないこと、動かしたり、連れ出したりしてはいけないことなど念を押す。

30日は妹が仕事なのでヘルパーさん(グループホームの職員ではない。)が母を病院に連れて行った。

わかったことは、「骨折している」「コルセットを付ける」「入院はしない」。
妹に電話をしてもヘルパーさんからまだ報告書が届いていないのでそれ以上のことはわからないという。
毎日母を訪ねている父に電話をすると
「今日も痛がってないぞ。○○病院(救急車で搬送された病院)か○○病院(30日に受診した病院)のどっちかが、嘘をついてるぞ~!」

グループホームに電話をして、やっと11番目と12番目の骨が潰れていると知る。
入院、治療の必要はなく、コルセットで保護して無理をしないように言われただけらしい。
母の骨は、もろく、何もしなくても徐々に潰れていくとは言われていた。
それが現実となった。では、今後は?予後は?

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tag : 認知症 圧迫骨折 レビー

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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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