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帰省4日目(1)母診察 アリセプト減量

母の月に一度の診察の日。妹は仕事なので、初めて母と2人で行く。
母は、昨日よりずっと落ち着いている。

母「どこ、行くんだっけ?」
私「病院。○○先生の所だよ。お母さんの好きな明るい面白い先生」
母「あぁ。わかった。・・化粧くらいしてくれば良かった」
驚く。症状が激変した去年の3月以来、母は一度も化粧をしたことがない。

主治医に<自宅介護を要求して怒ったり泣いたりして家族が困っている>などと症状を書いたメモを渡す。
主治医は「そうか。帰りたいんだねぇ。困ったねぇ」とつぶやき、母に向かって「可愛いね」と笑いかける。
「え?先生、何が可笑しいの?」と言いながら、母もとても嬉しそうに笑う。

主治医は、薬の処方を画面でチェックする。
医師「セロクエル、微量。ベンザリン、微量、アリセプト、微量・・。う~ん」
私は主治医の言葉を待つ。間がある。勇気を出して言う。
(先月もアリセプトの減量を提案したが「これ以上減らせば飲む意味がない」と言われた。)
私 「アリセプトが、人によっては3mgでも興奮したり、抑うつ状態になったりすると聞
   きましたが・・」
医師「まぁ、そういう人も中には居るだろうね」
私 「小阪(憲司)先生もそういう患者には、1mgや2mgを処方すると読んだんです
   が・・」
医師「じゃ、止めてみる?(イライラした口調)」
私 「試しに半分にしてみるというのはどうでしょうか?1mgとか?」
医師「色々試してみるのは構わないけど、それで良くなるって期待をするとがっかりする
   ことになるかも知れないよ。出てくる症状は、必ずしも薬で消せるとは限らないし
   ね」

主治医は、気分を害していた。ある医師の批判もした。
『私は、どの医師も信奉していません。私は、ただ母を助けたいだけです』
冷静に伝えるべき言葉は、喉で止まり、そのまま気持ちと一緒に沈んでいった。
私だって何をどうすればいいかなど全くわからない。
いつでも暗闇の中を光を求めて手探りで歩いている気がする。
光がどこかにあるのかどうかすらわからない。

主治医は、感じたのだろう。口調が柔らかくなった。
医師「お母さんは、50歳位の時は、どんな人だった?」
私 「明るくて、思いやりが深くて、いつも人を笑わせていました。働き者で、いつでも
   家事をしていました。時々沈み込む時がありました」
医師「元々あったうつの傾向が強くなっているのかも知れないね」

アリセプトは、1日2.5mgから1mgに変わった。
薬局では、薬がないので取り寄せてグループホームに届けると言われた。

世の中には、アリセプトを1mg にしてみて欲しいと言えば、怒り出す医師がいくらでもいるだろう。
現に母の3人前の主治医(転任した。)は、「(パーキンソン病ではなく)レビー小体型認知症ではないでしょうか?」と言っただけで怒った。
「そんなものは、解剖しなければわからない。わかったとしても治療法も薬もない」と断言した。
今の主治医は、柔軟性のある医者なのだ。
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No title

うちも来週、アリセプトを3ヶ月分処方してもらいに大学病院に行く予定です。飲み始めてちょうど1年ですが、効果が有るのか無いのか、はっきりした手応えはありません。悪くならないのが効果だと思うようにしています。
3ヶ月に一度、寺社仏閣に厄払いに行き、御札をもらってくるのと同じだよね~と冗談を言うことがあります。病院に通うことで本人も家族も出来る限りの事は努力していると確認する儀式ですね。

担当医師には信念があるのですから、それと外れることをこちらが言えば、やんわりと否定するのは当然かもしれません。何でもハイハイと、こちらのリクエスト通りにしてくれた医師もいましたが、今思うと信念の無い医者だったなと思ったりもします。
家族は、元通りを目標にしたり、何の苦痛も無い状態にすることを当たり前のように要求しますが、重篤な症例や、治療の限界を知っている医師にとっては我が儘な患者となってしまうのでしょうか。
ある程度は老化だと思って諦めなさいと遠回しに言われているのを感じます。「なくしたものを嘆くより、残ったものを活かしなさい」という言葉も、ある意味、諦めなさいということなのかな。

薬の処方

服薬の種類が多いとどれが効いて、どれが効かなくて、どれのせいで副作用があるのか見極めが難しいですよね。

母の最後の主治医は初診のとき「まず今一番困ってることは?何を治したい?」と本人に訊いて、「体の動き」と「頭の働き」の2点に絞って薬を出しました。「2週間様子を見て、徐々に増やしていきましょう」と、2ヶ月間は2週間ごとに通院でした。落ち着いてからも、必ず顔を見て症状を確認する為に、薬の処方は最大1ヶ月分しか出しませんでした。

薬の量を判断するのは医師ですからねぇ。一般的に医師からすると、処方を守らない患者(勝手に中止したり、ドカ飲みして具合が悪くなる患者)、服用指示を守らなかったことを素直に報告してくれない患者は、困った患者ですよね。自分の判断で減らしたり、中止したりしたときも、きちんと話してくれれば、それに伴う症状の変化を観察できます。
薬の効果の素人判断を鵜呑みにしないというのは、ある意味主治医の方が責任感の強いDr.なのでは?

ところで以前、しばさんのお母様とうちの母の経過が似ていると書きましたが、母の方が先を行ってた気がしてきました。レビーは人によって症状の出方が違うので比べられませんが、うちの母は自分がうつだと言い出したのは3年前です。子供全員を裁判所に訴えて、家裁調査官から「医者に診せた方が・・」と言われたのは13年前だし・・今から考えると、その頃からだんだんおかしくなっていった気がします。幻覚を見ても人に話さなかった(統合失調と思われたくなくて)のと、家族・親戚と疎遠になっていたので認知症との気付きが遅れ、気がついた時には進行していました。(数年前から勝手に押しかけて来なくなったと思っていたのは、一人で電車の乗り継ぎができなくなっていたからだったのです)

クリちゃん kimiさん

クリちゃん
癌もそうだと思いますが、「治せません。諦めて下さい」とは、患者と家族も聞きたくなく、医師も言いたくないという心情があります。それが現実を歪めてしまう部分がある気がします。「1~2%の人に効果が出る治療法がある」と聞けば、何もせずに死ぬよりは、その可能性に賭けようと思うのが普通でしょう。その結果、より悲惨な終末期を迎える人が増えても・・。
認知症介護家族にもまったく同じことが起こっている気がします。
「知る・求める」ことと「諦める・受け入れる」ことのバランスを取ることが大切なのだと気付かされました。ありがとう。

kimiさん
本当に10種類以上飲んでいる薬の何がどう(良く/悪く)作用しているかというのは、ほとんどまったくわかりません。呆然としてしまいます。

母は、今は、支離滅裂と正常が入り交じった状態です。妹は「中途半端にクリアーだから余計に困る」と言っています。家族に対しても支離滅裂に非難するなら聞き流しやすいのですが、論理的に非難されると言われる方はダメージが大きいです。正常と異常が混じっていると、いつからどうおかしかったのかというのも中々正確に言うのが難しいですね。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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