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母の一時帰宅

毎日「家に帰る!」と言い張り、泣いたり怒ったり大騒ぎする母のために、一時帰宅が許された。
一度家に帰れば、気も晴れて、落ち着くのではないかと、妹も看護師も思ったようだ。
私は、一度家に帰れば、今度は「病院には帰らない!」と暴れるのではないかと心配していた。
父も妹もそれは覚悟していたが、家に帰ればきっと精神的に落ち着くと信じていた。

父は前日の夜中まで家中に手すりを付けて受け入れ準備をした。
(既に家中に手すりはあったが、さらに隙間なく両側に取り付けたようだ。
本当はケアマネを通して、業者に付けてもらわなければ介護保険が使えないのだが、気の短い父は、それを待っていることができず、さっさと自分でやってしまった。)

しかしその手すりが使われることはなかった。
母は、自力ではほとんどまったく歩けず、立ち上がることすらできなかったそうだ。
(骨折入院する前の数週間と同じ状態。)
リハビリ室では、両脇の手すりにつかまって、かなり歩けると聞いていたのに。

認知症の状態も悪かったらしい。
家に帰ってきた喜びを感じている様子はなかった。
2度オムツに大量の便をしながら、本人は全く気がつかない。
しかしそれを笑顔で世話した妹には、
「悪いね。悪いね。ごめんね。ごめんね」
とずっと言い続けていたという。
「私、だめだね・・だめだね・・」
と繰り返す母は、しょげ返って、静かに病院に帰った。

妹は、げっそり疲れたようだ。
父は、妹が買い物から戻ってくると母を怒鳴っていたらしい。
運悪く兄も精神的に調子が悪く、爆発して叫び続け(普段から時々そういうことがある。)それを聞いた母は、自分の頭を叩き始めたという。
母も父も妹も、笑って過ごせる穏やかな時間を期待していたのに・・・。

「病院ではわりとちゃんと食べれてたのに、レストランでは全然だめ。犬みたいに食べる」と妹は、ため息をつく。
父は、食べ方には全く触れず「一人前、全部食べたぞ!あれだけ食欲があれば、きっと良くなっていくと思うんだ。(私、すぐには返事ができず沈黙)なぁ・・・そう思うしかないだろ・・」

P1000918.jpg

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No title

e-313遅ればせながら誕生日おめでとう!

叔母が外出(特養の職員が付き添って、誕生月に買い物に出かける)の途中、自宅に寄ったことがありました。トイレを使いたいというので、以前叔母が専用で使っていたトイレに連れて行こうとすると、ほんのちょっとの段差が上がれなくなっていて驚いたことがあります。施設内では、いつもひょこひょこと歩き回っているので予想もしていませんでした。
このことも特養に入所させた罪悪感から解放される一つの出来事です。在宅だったら今頃全介助だったところ、特養の整った設備だからトイレは自分で好きなときに行けているんだなと。

それにしてもお父さんは私の父にそっくりです。だいぶ前の話ですが、叔母が退院するまでに介護保険制度なんて無視して部屋はリフォームするし、解体する近所の家から手すりをもらってきて、ばんばん取り付けるし、自分の姉さんのためにがむしゃらにやってましたね。
怒鳴りつけるのは直りませんでした。でも、「姉さん、しっかりしてくれよ」という心の叫びだったと今は許せます。
そんな父を「あの子はすぐ怒鳴るのよ。気が短いから禿げるのよね」と受け流す叔母の方が一枚上手でしたが。

No title

どうもありがとう!!

そんなことをするのは、父くらいのものだろうと思っていたのですが・・、そうですか、お父様も同じでしたか。
面と向かって優しい言葉をかけることができない分、行動に出ちゃうんでしょうか?
長年、父は変人だと思っていましたが、もしかしたらそうではない?!
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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