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帰省2日目(1)大声独語の兄 母を旅行に?!

朝、兄の剃り残しの髭(1cm以上ある)を剃り、鼻毛を切り、髪を切る。

いつもの癖でつい父に訊いてしまう。
私「お父さん、すき鋏、どこ?」
父「すき鋏?知らん。そんなもんないぞ。見たこともないぞ」
父が買って来て、私が毎月使っているものなのに・・。
探すと鋏が20本位立ててある中に紛れていた。
実家には、同じものが何でも大量にあるが、なぜ鋏が20本あるのか理解できない。
(「父は認知症だから」が答えだが、それでもなお「なぜ?!」と思う。)

兄は、渡辺謙(兄より1歳上だ。)のような生え際になってきた。
彼に習って、思い切って短く切ってみた。
鏡を見る兄に、「ダメ(元に戻せ)」と言われる前に「お兄ちゃん、カッコいいね~!」と先手を打つ。
兄は、頭を撫でながら、一言。「・・・ハズカシイ・・・」
(この言葉も兄が自分の外見に対して使うのは、初めてのような気がする。)

兄は、機嫌が良いが、久しぶりに独り言が止まらない。
かなり大きな声。時々一人で笑っている。

兄が居る時(週末)は、いつもする通り、一緒にスーパーに買い物に行く。
(兄は、スーパーに行くのが、好きだ。
母が元気だった頃は、兄が、いつも荷物持ちだった。)
一人でしゃべり続ける兄を客もレジの人も見る。
私は、兄の独り言に慣れているのであまり感じなかったが、人が目を見張る程ひどいのだと気付かされる。
妹に伝えて、兄の主治医に伝えなければいけない。

この日(日曜)の昼は、外食を母と約束していたが、トイレのことでいつも騒動になるので(車椅子で入れるトイレのあるレストランはほとんどない。)自宅で食べることにした。
父は、「また(グループホームに戻る時)暴れるぞ」と言ったが、私が居れば何とかなると思った。

父と一緒に美味しい寿司と母の好物のパンを買いに出掛けた。
車の中で介護認定の面接とそのための検査を病院で受けなければいけないことを説明する。
(父に伝えて納得させることを妹から頼まれていた。)
父は、病識(自分が病気だという意識)は全くないが、母のためになると説明すると「おぅ。何でも受けるぞ」とあっさり承諾する。

父「面接って、どこで、何やるんだ?」
私「家で。去年の9月にやったのと同じだよ。寝たり、転がったり、3つの物を覚えた
  り・・」
父「そんなもん、やったか?覚えてないなぁ・・」
何をしたか、もっと詳しく説明したが、父には、まったく記憶がないと言う。

「俺の仕事着、お前が洗ったのか?」
と訊くこともあった。兄に洗濯機は使えないので、洗うなら父自身しかいない。

「来月から毎月1回位お母さんを(1泊)旅行に連れてってやろうと思ってるんだ」
大変だからと母を自宅に泊めるのを止めている父が、当たり前のことのように言う。
母が旅行に行きたいと言ったのかと訊くと、そうだと言う。

母は、夜、眠らない。一緒の部屋に泊まれば、父も眠れない。
毎日夕方7時頃寝て、夜中に起き出す兄も居る。
一晩中大喧嘩をして、睡眠不足で高速道路を帰ってくるのかと父に詰め寄る。
父「そんなもん、やってみなきゃ、わからんじゃないか」
私「旅行なんか行く前に、ここで朝までお母さんと居てみてよ!」
(父は「早く寝ろ!」と怒鳴り続け、結局は、母を放置して1人で2階の寝室に寝に行く。)
父「大丈夫だ。心配ない。何度か予行練習してから行くから大丈夫だ~」

友人から聞いた言葉が、目の前にくっきりと浮かび上がる。
頭上にはためく横断幕の上に・・・。
「一難去らずに、また一難」

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No title

「難」がやってくる度に一つずつ片付けようとせず、どんどん重ねて踏みしめてしまうと薄っぺらいものになっていくものだと、最近気付きました。そして踏みつけて堅くなった「困難」が、案外と足場を固めてくれたりすることも。

うちの父も、突然思いつきのように言い出して、何の準備もせず始めてしまったり、逆に言い張っていたことをケロッと忘れてしまうこともあります。反対すると意地でもやるし、知らんぷりしていると最初から何も無かったことになっていたり、そんな天の邪鬼(あまのじゃく)なところをうまく利用することにしています。

「難」がやってきたら、緊急性が無いものはとりあえず塩漬けするのも手です。時間を置くと程よくアクが抜けていたり、運が良ければ美味しくなっているかも? あまり解決しようと気負わず、受け流す技も必要ですよ。だって、「一難去らずに、また一難」&「一日一難(いや、もっと?)」なのですから。

クリちゃん 

「一日一難」!
いいなぁ、コレ!肚が座りますね。もう恐いものは何もない、『矢でも鉄砲でも飛んで来い』の境地にワープしますね。

「難」を1つづつ片付けようとしない
というのも本当に大切だと最近、段々わかってきました。
ただ遠距離に居る私にできることとなると、どうしても「問題解決」に傾きがち。意識して気を付けなければと思います。
(近くに住んでいれば、いきなり問題解決に取りかからなくても、じっくり観察しながら、ただ側に付いていてあげられるのにな・・と思うのですが、思っても仕方のないことです。)
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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