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帰省1日目(1)嫉妬妄想再び

妹が駅まで車で迎えに来てくれる。
妹「お母さん、最近、あんまり良くないよ。表情もないし・・笑わないし・・聞こえない位の小さい声でボソボソ妄想の話ばっかりするよ・・。行く度に、泣きたくなるよ・・。行きたくなくなるよ・・」
父は、電話では、いつも「(母は)普通だ」としか言わなかった。
妹からは、しばらく連絡がなかったので、母の不調は、この時まで全く知らなかった。

実家に着く。
父も妹も疲れていると感じる。
兄だけが元気で、私の顔を見ると嬉しそうに「コンニチハ、コンニチハ」と頭を下げる。

妹の作っておいてくれた早い夕食を食べ、母の所へ行こうとすると、父が言う。
父「俺が行くと家に帰る、帰るって大騒ぎするから、お前、一人で行ってくれんか?」
父がそんなことを言うのは、初めてだった。
私「・・確定申告は、終わったんだよね?」
(終わったらまた自宅に泊まらせると言っていた。)
父「おぅ。・・連れて帰ってくると、今度はあっちに戻る時、嫌だって大暴れするからな・・」
父は、視線をそらしたまま、寂しそうに、苦しそうにぽつりと言った。
兄も行かないというので一人で車でグループホームに向かう。

母は、妹の言う通りだった。
言うことの半分以上は妄想で、その半分は、支離滅裂で何を話しているのかわからなかった。
けれども妄想以外の部分は、理性が働いていてしっかりしている。
しっかりしてるが、言うことの9割は、ネガティブだ。

部屋に去年まで通っていた健康体操サークルの仲間の寄せ書きが飾ってあった。
母「こんなの送られたって、気が重くなるばっかりだよ。返事も書けないもん」
私「誰も返事が欲しいなんて思ってないよ。お母さんが、元気でいてくれたらいいなって
  思ってくれてるだけだよ」
母「返事を書くのが礼儀ってもんでしょ?毎日苦になって仕方がないよ」
友人が訪ねてくれた時も苦痛で苦痛で仕方がなかったと無表情のまま話す。
次に何を言おうかと必死で考え続けているとヘトヘトになると言う。

母に、ここに居たいと思うか、特養に移りたいと思うかを訊ねる。
母「私はいいけど、○○(兄)が、あそこよりは、お寺の方がいいと思うんだよ」
意味のわからない返事が延々と続く。

母「さっ!こんな無駄話してないで、早く上着取って!行こっ!」
(母は、パジャマだ。)
私「家に?・・今日は、家は、行かないよ」
母「(キッとして)なんで?!」
私「・・お父さん、仕事があるみたい」(出任せ)
母は、口をぎゅっと真一文字に結んで、何かを見据えている。
無表情だが、激しく怒っているのだと感じる。
母は、しばらく黙っていたが、今度は、目に涙を一杯浮かべて話し始める。
母「お父さん、この頃、(家に)連れてってくれないよ。これは、被害妄想なんだけど、
  お父さんが来ないと、どこか(女性の所へ)行ってるんじゃないかって、どうしても
  思っちゃう」

嫉妬妄想の再現。
妄想は、何をどう言おうと考えを修正させることができないというのが特徴だ。

涙を流す母の肩を抱いて「お父さんが好きなのは、お母さん1人だよ」などと言い続けるが、何の効果もない。
同じ妄想なら気分が明るくなるような妄想はないのかと、無力感の中でふっと思う。
なぜ認知症患者は、自分も家族も苦しめる妄想ばかりに取り憑かれるのだろう。

『この母の気持ちを明るくさせる方法は、何?』
『・・なるべくじっくり母の不満や不安を聴いてあげること・・』
その時は、他に何も思い付かなかった。

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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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