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帰省4日目(3)わからない中を生きる 母、孫と正常に会話

実家に帰り、父にリハビリの効果が上がっていると言われたことを伝える。
歩けるようになると言われたことや特養のリハビリのことは、まだ黙っている。
父は、まだ自宅介護を諦めてはいない。
歩けるようになれば、施設ではなく自宅で介護するのだと言っている。
気持ちはわかるが、それは避けたい。母の安全が保てない。
父「そうか。じゃあ、(リハビリは)そういい加減にやってるわけでもないんだな」
父は、冷静に聞く。そう変わったことで、父自身の不満やストレスも軽減していると思う。

妹に電話でリハビリの担当者から言われたことを伝える。
妹「歩ける?!そんなこと有り得る?!歩ける訳ないじゃない!
  ○○先生(母の主治医)だって無理だって言ったんでしょ?」
私「それぞれの人が、それぞれの見方をするよ。○○先生(主治医)は歩けないと思う。リ
  ハビリの先生は歩けると思う。考え方は、皆、違うよ。誰が正しいか、何が正しいか
  なんて、私にも、誰にもわからないよ」

母が幻視と現実を区別できなくなった2009年の暮れから1年余り、私たちは常に「わからない」中を生きて来た。
誰に何をどう訊いてもわからない。
母の病気が何なのかわからず、母がなぜ突然歩けなくなったのかわからず、母がこれからどうなっていくのかわからず、どの医師なら母を治せるのかわからず、どの薬が良いのかわからず・・・。
病名は2010年5月にわかり、医師の処方したリスパダールで歩行困難になったことはわかったが、わからないことは、きりなく出てくる。
遠距離に住んでいて一番苦しいことは、わからないことが多過ぎることかも知れない。
現状を正確に把握することすら難しい。疑問符ばかりが頭に広がっていく。
どれだけ調べても、どれだけ多くの人に訊ねても答えは、見つからない。
わからないままに、白でも黒でもない曖昧なままにして生きていくことは、心のエネルギーを消耗する。

妹とは、とにかく母がリハビリを続けられる方法を探そうということで意見は一致した。


夕方、父の誕生日に贈ったレンジ蒸し器を棚の奥から引っ張り出してきて使う。
再び使い方を説明する。
色々な野菜を入れて、肉か魚をのせてレンジで加熱。市販のたれに付けて食べる。
父「簡単だし、美味くていいな~。これなら俺でもできるな~」
11月に説明した時もまったく同じことを言った。

妹は「○○ちゃん(私)が説得してくれたお陰で、お父さん、野菜も食べるようになったよ」と喜んでいたが、父の食事は、まだまだ問題が多そうだ。
乳製品は一切取らないし、納豆も食べない。豆腐も肉もほとんど食べない。
1個200円のリンゴ(高い!)を買って来たかと思うと、食品添加物が大量に入っていそうな安物の加工食品を買って来る。
何をどう食べればいいか紙に書いて貼っておくことも考えたが、今まで書いた多くのメモは、どれ1つ何の役にも立っていない。
最近は、ちょくちょく妹が来ては、食事を作ってくれるようだが、<冷蔵庫に(或は鍋に)入ってるから温めて食べてね>というメモを残して帰ると、次に来た時、そのまま置いてあると嘆いていた。

夕食後、父と再び母の所に行く。
かなり調子が良いようなので、私の子供に電話を掛け、母に代わる。
健康な時と同じように2~3分もの間、流暢に楽しそうに話す。
「来年の3月くらいには退院できると思うからね」の一言以外は、まったく正常だ。
これを聞いて、誰が、認知症とわかるだろうか。
母「お母さん(私)、明日、帰るからね。(私が留守にすることで)いつも不自由かけて
  ごめんね」
母らしい細やかな気使いも随所に見せる。私が明日帰ることも覚えている。
11月(2010年)は、ほとんど会話にならなかったのに・・。なぜ?
驚きが大き過ぎて、喜びが湧かない。
2010年11月から再び飲み始めたフェルガード(サプリメント)の作用だろうか?
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No title

お母様に快復の兆しが見えられたとは、本当に喜ばしい事です。
誰もが進行性だと知っている、これは家族にとっても本人にとっても辛いですよね。うちの母も何度も「治らない」ということを嘆きました。最初のうちはそれを真剣に受け止めてあげず、医者と同居人に任せておけば大丈夫と思って放置していたことをずっと後悔しています。
しばさんも妹さんもお母様の為に全力で対処してこられたのは素晴らしいことです。そのお陰で、お母様の幸せな時間が増えたのですよ!
「孫と普通に会話ができた」これはお母様にとって一番の喜びだと思います。

kimiさん

ありがとうございます!
どんどん悪くなっていく一方なのだと思っていた母が、良くなったという事実をもっと素直に喜ばなければいけないんですね。反省します。
何か変化があると、「これは何?!なぜ?!どの薬の作用?!」と反射的に考えることが、哀しいかな癖になっているようです。
ここしばらくは、特養のリハビリのことで頭が一杯になっていて心の余裕を失っているのが、自分でもわかります。いけない、いけない。
ちょっとリセットしないといけません。
大事なことに気付かせて頂いてありがとうございます。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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