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帰省2日目(1)父の診察 やってみなければわからない

父の診察の日。2ヶ月に1度の経過観察だ。主治医は母と同じ。
今回も父は1人で行くと行ったが「一緒に行ってお母さんのことを訊こうよ」と言うと受け入れた。
父の説得に、主治医の力を借りるつもりだった。

車で10分で行ける所なのに、父は、予約の40分前には「もう行く」と言い出す。
私「保険証持ったの?」
父「保険証って何だ?」
私「病院に行く時、いつも持ってくでしょ?」
父「そんなもの、持ってったことないぞ。どこにあるんだ?」
こういう発言が、理解に苦しむ。
しかしこの発言を除けば、父は、やはり「正常」に戻ったと思う。

車の中で父は、妹の家のことを心配している。
○○という行政のサービスがあるが、妹にどうかと私に訊く。
私「紹介するのはいいんじゃない?でも強制はできないよ。○○(妹)も大人なんだから」
父「・・まぁ、親だからな。俺が、何とかしてやるけどな・・」

病院では、血液検査の結果を説明される。
血糖値が高い。
父は、前立腺癌は大丈夫かと長々と話す。
少し話が突飛になっているので横やりを入れる。
私「それは経過観察でいいって言われたのに、お父さん、無理矢理精密検査をしてもらっ
  て、問題ないって言われたじゃない」
医師「この位の数値は、前立腺肥大でも出るし、そう心配したことないよ」

父「(認知症に関しては)私は、まったく正常です。今は物忘れもありません。名古屋の
   先生に勧められたフェルガードとかっていうのを飲むと、どうも精神的に落ち着く
   みたいです」
医師「そうなの?良かったじゃない。前は、物忘れが、ひどかった時もあった?」
父「まぁ、そうでもないですけど・・」

私「父は、母が”もうじき歩けるようになる、一人で歩いてトイレに行けるようになったら
  グループホームから引き取って自宅介護をする”って言ってます」
医師「それは無理でしょ。最近、自宅で介護してみたことある?やってみて、どう?」
父「そりゃあ、大変です」
医師「相当大変だと思うよ。トイレにはどうしても介助が必要だと思うし。
   介護はプロに任せたら?」
父、沈黙。

次の診察は、2ヶ月後ではなく3ヶ月後の4月と言われる。

帰りの車の中で、母の歩行についてどう思うか父に訊ねる。
父は、母が歩けるようになると言う。専門家のリハビリを受けさせるつもりだと。
私「今、来てくれている人は、リハビリの専門家だよ」
父「あんないい加減なのじゃダメだ」

父と母以外、母が歩けるようになると思っている人は1人もいないのだと説明する。
私も妹も母の主治医もグループホームの職員も特養の職員も。
(リハビリの先生の意見は、2日後に聞く約束になっていた。)

「誰が何と言ったとしても、俺は、何事もやってみなければわからないと思ってる」
父は、冷静に言った。
それが父の人生を貫く信念であることを私は知っている。
父は、その旺盛なチャレンジ精神で、困難の多い75年の人生を切り開いてきた。
父の意思を尊重しつつ、多方面から説得していかなければいけないと思う。
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パワフルな世代

お父様の「やってみなければ…」は、私の父にも共通する口癖です。
「どうせやってみても…」と閉塞感一杯のなかで育った今の若者達より、何百倍もエネルギッシュですよね。焼け野原だった日本を世界一の経済大国に立て直した世代ですもの。頑張れば必ず実りがあると信じることが出来た時代をがむしゃらに生き抜いてきた彼らには、データを元に結果を語ることは最初から諦めた弱音でしかないのかもしれません。

そのエネルギーのベクトルを、いい方向に向けることが私たち世代の役目なのでしょうか。大昔の成功のイメージを未だに引きずる(そして自分が50代ぐらいのつもりでいる)のは厄介ですが、家族を幸せにしたいという目的は同じなはず。横暴な物言いをする割に、ちょっとした一言で驚くほど傷つく彼らに対して、慎重に丁寧に対応することはとても疲れますが、これも役目ですね。

クリちゃん

おっしゃる通りです。
時代によってここまで考え方が変わるのかと驚きます。
テレビで「就職が決まりません。不安です」と話している若者を見る度に、『仕事がなければ作ればいいのに』と思ってしまうのは、何度も全く違う業種の仕事を自営で始めた父を見ているからですね。
しかし実際、就職活動を始めている自分の子供を見てもそういう覇気はありません。

繊細な一面は、父にも感じます。本当に言葉には気を付けなければいけません。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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