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兄の入れ歯 食い違う父の説明 森林公園トイレ事件

兄の通所施設から電話があり、妹が呼ばれた。
理由は不明だが、入れ歯が壊れ、兄が「歯、ナイ!」とパニックになったからだ。
妹が、歯科医院に連れて行き、何時間かかけて何とか直った。

兄は、自分で歯を磨くことも、口をゆすぐこともできない。もちろん入れ歯の手入れも。
(磨く真似はできるが、磨けていない。水を口に入れることはできるが、そのまま出してしまう。)
母が元気な頃は、母が磨いていたが、今は、放置状態だ。
毎週1回歯科医院に行って口腔ケアをしてもらっているが、週1回ではどうしようもないので、ショートステイを利用しているのなら、そこで口腔ケアもしてもらうように頼めないかと医師から言われたという。
妹は、兄を通所施設に送り届け、その相談もした。
しかしショートステイ先では、そこまではできないし、通所施設でもできないと言われた。
兄は、歯磨きのことなどを言われるのをとても嫌がるのだ。私が言っても怒るくらいだ。通所施設でも「とても嫌がるので(無理です)」と言われたらしい。

歯科医院では、「お兄さんもですが、それよりお父さんが・・」
医師の話では、父も何年来治療をしているのだが、予約の日に来ない時が多く、悪化する一方だという。
もう入れ歯にしなくてはダメなところまで来ているそうだ。
妹「そういえば、お父さんが、歯を磨いてるところって見た事ないよね?!」
言われてみれば、そうだ。しかし口臭がひどいとか、歯が汚れていたという記憶もない。
父へは、私から電話をする。父は、ちゃんと通院していると主張する。
私「そうなの?でも予約の日に来ない時があるって言ってたみたいよ」
父「何をバカなことを言ってるんだ!俺は、いつもちゃんと行ってるぞ!いい加減なこと、言うな!」

ここしばらく、父の話と人から聞く話は、全く違っていることが多い。
父が「怒鳴っていない」と言ったリハビリの先生への電話も、「大変お怒りになってお電話を頂き・・」となる。

父は、今日、2枚目の毛布をグループホームに持って行ったようだ。
職員「毛布ならもうありますよとは、言えませんでした。お父さん、お母さんのために何かしたくてどうしようもないんですもんね」

父、待望のリハビリ・マッサージも遂に今日始まったが、母は、その時間うつらうつらしていたようで、あまり記憶にないらしい。「良かった~!」という言葉を期待していた父は、随分がっかりしていた。

昨日は、母を連れて、グループホームからかなり距離のある森林公園までドライブしたようだ。
しかしそこで母は、トイレ(オシッコ)に行きたくなった。
障害者用のトイレはなく、和式トイレだったが、母は「自分でできるから」と言い、父は、それを鵜呑みにしてトイレに母を一人で放置したらしい。(母の話)
母「大変なことになっちゃったの。辛かった・・・」
妹が、何がどうなったのか訊いても母は、「辛かった」を繰り返すだけだったという。
母は、一人で立つ事すらできないのだから、トイレでひっくり返って起き上がれずにいたはずだ。

その後、自宅に帰り、また入浴してからグループホームに戻った。(母の話)
妹「よく戻ったねぇ。家に泊まるって、よく言わなかったねぇ」
母「だって、お父さん、”お前が泊まると、俺は(睡眠不足で)死んじゃう”って言うんだもん。戻るしかないよ」

この「森林公園トイレ事件」も父に訊くと、全く違う事を言う。
「(トイレに行くのに)50センチもある段差(?)を上るのに大変だっただけだ。後は、問題ない」
「自分からグループホームに送ってくれって言うから送ってやった。何にもぐずらなかったぞ」

最近、妹が気になったのが、数日前、初めて母の体が小刻みに震えているのを見たことだ。そんな症状は、初めての事だ。

そして父の変化は、ものの名前が出ないことが多くなったことだ。
「タマネギ」という言葉が出ずに「あー、ほら、あの、○○(産地)で穫れる・・」と説明する。言い慣れた一般名詞が出て来ない。
「グループホーム」という言葉も言えない。(これは父には新しい言葉だが・・。)
「病院」と言い間違えてみたり、「お母さんの居る、ホ・・何とかっていう所」と繰り返し言う。
以前と比べて増えているので、症状の現れだと考えている。
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うちの母も

8月に少し小刻みに震えがありました。
ケアマネに相談したのですが、常にではなく朝方起きた後たまにそうなる、と言われました。最近は箸を操るのも難しくなりましたが、何とか一人で食べられているみたいです。

また、うちの母も1年近く歯を磨いていません。本人は「テレビで歯を磨かない方が虫歯にならないと言っていた」と言い、その証拠に全く自分は大丈夫だと言い張ります。同居人は喧嘩になるから放置しているようです。
残っている歯が少ないので磨く必要もないのかもしれませんが、お父様の話を読んで思い出しました。

きっと何でもちゃんと完璧にこなしていると、お父様の記憶ではなっているのでしょうね。否定しても認めないでしょうし、家族が相手に認知症の事を伝えてフォローするしかないのでしょうか?難しいですね。

kimiさん

母は、まったく歩けないのですが、手だけは普通に動き、箸も器用に使えるんですよ。(箸でパンを食べようとしたりするのですが)
お一人お一人、症状の出方が違うんですねぇ。

父の頭の中は、理解不能ですが、多分、そうなんでしょう。病識がまったくない(何の問題もないと思っている)わけですから・・。
私も帰省すると、関係のある人ごとに(集金に来る人にも)「父は認知症です。何かあれば妹の携帯に」と、父の居ない所で言うのに苦労します。
それを実際に一々フォローしなければいけない妹が気の毒です。
(私も電話などできる限りの事はしていますが)

ピック病は、全ての認知症の中でも介護が最も困難になると書いてある本がありますが、そうなっていくんだろうな・・と覚悟しています。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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