上田諭著「治さなくてよい認知症」

追記:ジュリアン・ムーアが、2015年アカデミー賞(主演女優賞)受賞。

追記:ジュリアン・ムーアが若年性アルツハイマー病を演じた「アリスのままで」が、1月11日ゴールデン・グローブ賞主演女優賞受賞原作本を紹介した記事→「静かなアリス
映画の予告動画(字幕なし)「私はこの病いに、ただ苦しめられている(suffering)のでなく、必死で闘っている(struggling)のです」という台詞が印象的。

追記:老化が大きな要因である後期高齢者の認知症中年期に発症する病気は違います。
   若年性アルツハイマー病・佐藤雅彦さん(60才)がラジオで語ったことこちら
(診断後9年を経ても自らの工夫自立した生活をされる姿に感動します)

追記:コメント欄お読み下さい。記事の補足もあります。
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<記事本文ここから>

必読です。これこそが、介護者に、医師に、マスコミに、声を大にして伝えたいことなので、少し長いですが、本前半の重要部分を抜き書きします。

本にも明記されている通り、この本は高齢のアルツハイマー病を対象に書かれています。
物忘れがひどいからと無理矢理患者にしを飲ませる現在の認知症医療を批判
(注byしば:医療は、レビー小体型の場合、介護と同じ位重要になります。自律神経や意識の障害を伴い、年齢に関係なく適切な治療で改善し、生活の質が向上するからです。)

抜粋した部分は、どの病気にも共通します。是非、最後までお読み下さい。


   < 介護をより楽にするために、介護者が、理解すべきこと >

指摘しない議論しない叱らないを生活上接するときの鉄則として提案したい。
そのうえで「やって」や「こうしなきゃ」と言葉だけで「指導」するのではなく
慰める助ける共にする信条としたいのである。P32

記憶の間違いや(略)ミス、できなくなったことに対し指摘したり(略)
正論を主張して議論したり、感情的に怒ったする態度はとってはいけない。
「どうしてわからないのか、何度言ったらわかるのか」(略)
それは脚を骨折した人に「走れ!」と叱咤しているようなもの。P61

認知症の妄想の原因精神的孤立感と不安である。
生活が満たされていない/楽しみや張り合いがない(略)退屈で何もすることがない日々、自分がしたいことがなかなかできず家人に指図されあるいは頼り切っている生活。
邪魔にされている」という被害者意識が生まれても不思議ではない。P83

本人が、妄想を生まざるを得なかった心情を理解して対応したい
攻撃性、妄想の裏には、孤独感、疎外感と喪失感があることを知って欲しい。
医師も(略)本人の心情を(家族に)理解してもらう努力をすべき。
本人の自己肯定感居場所回復につながり、妄想は徐々に消えていく。P87

認知症を発見した時にすべき第一のことが、
自己肯定感や自尊心の傷つきからの回復である。
さらに生きる役割とそれがもたらす自己効力感の回復である。
本人のできないことを忘れていい、できなくていい受け入れることである。P32

初期から中期には一定の病識をもっている人がほとんど。
認知症の人本人が困っているとしたら、周囲が(略)ことさらに問題視して指摘したり、「治そう」という考えから修正しようとして何度も注意したり、
ときには感情的に叱責したり(略)—。
本人は、周囲からいろいろ非難されることにもっと悩み困っている。(略)
困ることなど何もなかった人を
困っている人にしているのは、実は周囲の見方や対応が中心なのである。P10

認知症は、自己肯定感(自尊心)が傷つき
これまでの対人関係(社会的関係)が壊れる病であり、
関係性悪化を背景とした精神的反応としてBPSDが生まれる
認知症は超高齢社会においては当然なるべきものであって
矯正するべきものではなく肯定と承認を与えるべきもの

三好春樹氏は人間関係が閉鎖的で、「介護をしてもらう」という
一方的な関係
が続いている場合に妄想が出やすいことを指摘。
迷惑をかけているという心理的負担を解消するために妄想が生まれる
嫉妬妄想もまた(略)置き去りにされるのではないかという不安感と怒りが心理的背景。P84
治さなくてよ認知症

     < 医療者が、よりよい医療のために知るべきこと >

認知症専門医は、いまのほうを向いて仕事をしているのか。(略)
認知症の人の気持ちを、認知症を診る医師は何よりもまず考えているだろうか。(略)
本人を前に、家族の訴えばかりに耳を傾けていたら、溝は決定的なものになる。
困っていなかった人を困った人にすることに認知症専門医が手を貸してどうする。
ありのまま受け入れることを指導してこそ専門医。

認知症の人の存在と心情に注目することは現在の認知症診療で一番欠けていること
認知症の人は、自分の存在すら危うく感じられている。
治療者の語りかけが、本当に必要なのは、認知症の人本人である
常に本人の立場に立ち、心情を受け入れて共感する態度が基本である。3章

高齢者のアルツハイマー病に限定して言えば、
病名を本人に告知する必要はないと私は考える。(略)
物忘れを自分でも感じ、周囲から指摘されて不安を覚え
自分の居場所存在自体が揺らぎ始めている認知症の人にとって
その宣告に耐えうる余力は少なくなっているし、何のために耐えるのか、
耐えて得られるメリットがない
。P63

認知症告知:患者さんの多くは(略)落胆し悲観し絶望する。どうやって受け止めるか。
その答えを持っていなければおかしい
本人の心情をよくよく考えた配慮が欠かせない。
安直な告知が、人格や人生を否定することになりかねないことを肝に銘じて、
本人の能力のうち、障害されたのはごく一部であること
認知症という病気には、否定的な側面ばかりではないことなどを
告知と同時に丁寧に説明しなければならない
それができないなら、告知などすべきでない
画像所見や認知機能検査の結果を伝えるときにも(略)
肯定的な所見を同時に伝えて本人の自尊心に配慮し、衝撃を最小限にすることである。P67

アルツハイマー病の場合、軽度から中程度ならば、
脳機能の障害は、脳全体からすればごく一部、それも記憶を中心とした部分であって、
本人のものの見方と考え方、感情や他人への配慮や気遣いには、ほとんど影響を及ぼさないBPSDと呼ばれるものは、脳の神経機能障害から生じているのではない。P70

ところが、認知症専門医の間にすら
脳器質性障害そのものによってBPSDが生じるという認識が広まっている
「診察室で突然大声を上げる(略)初期から見られる」(『認知症ハンドブック』)
このような無理解で一方的な記載が、国内最高とされる認知症の成書(教科書)になされていることは、わが国の認知症臨床の貧しさを象徴するもので、本当に嘆かわしい。P71

  < マスコミが、知るべきこと >

あるテレビの認知症報道:制作側に認知症の人本人の心情に対する理解がまるでない
思い込み、決めつけのもとに番組が作られている。
(略)これを視聴した人の多くが、認知症の人はこんなものだと思うとしたら
認知症診療に与える悪影響は大きく、番組の責任は重い。P48

(下線は、私、しばが加えたものです。)

<こちらも是非読んで下さい>
*「家族よ、ボケと闘うな!」長尾和宏・近藤誠著
*『認知症の「真実」』東田勉著。若年性レビー当時者Kさんやしばも出て来ます。
*「旅の言葉 認知症とともによりよく生きるためのヒント
*「ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!」長尾和宏・丸尾多重子著
*「静かなアリス」リサ・ジェノバ著。小説。若年性アルツハイマー病
 映画「アリスのままで」(ジュリアン・ムーア主演で昨年映画賞多数獲得)の原作
*「誤解だらけの認知症」市川衛著
*「新版 認知症 よい対応・悪い対応」浦上克哉著
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アルツハイマーを治療する意味

MCI~アルツハイマーの初期には、物忘れがひどい自覚があり、ふさぎ込んでいる人が少なくない。短期記憶がない不安におびえていると言う印象です。
アリセプトを飲ませると、この時期だと短期記憶が著しく改善し、本人の不安が消えるようである。明るく楽しそうになり、今までの生活を取り戻すことが出来る。
ただアリセプトを飲んでいても、その後半年~1年程度で、短期記憶はほとんどなくなってしまう。この時は、本人に病識が無くなってくるため、短期記憶障害からくる不安は全く感じなくなっている。デイなどでは、仲間と快活に楽しそうにおしゃべりに興じている姿を見る事が多い。あまりにも話が巧みなので、アリセプトを飲ませているアルツハイマーの方と言う認識が無くなってしまう。
この時期に成れば、アリセプトを飲ませ続ける意味は無いのかもしれない。ただ快活に仲間とのおしゃべりに興じているのは、アリセプトの効果かも知れない。
あと中脳のマイトネル核からのアセチルコリン作動性の大脳賦活系の働きを維持することで、大脳全体の活動性を保っていると言う面もある。止めると急速に日常生活動作が出来なくなってくる。元もこれは、レビーの方のほうが、問題に成る事が多いのかもしれない。
このようなケースを何例か経験している。これらのケースは、最初から認知症で診察していたケースではない。何らかの身体疾患で診療を行っており、短期記憶障害の進行で気が付いたので、アリセプトを開始したのです。
MCI~初期のアルツハイマーに対して、私は治療の意味がないとは思わない。ただアリセプトの興奮による悪影響あり、どこで減量・中止するかと言う問題は残ると思うが・・・・。
このような時期で治療が開始できるケースは、非常に少ないと思う。ただこの初期の対応は、その後に対する影響が大きいと感じている。この時期に発見し治療が開始されるケースは、非常に少ないと思う。
私は、当時訪問診療を主体に行っていたので、繰り返し訪問する中で、微妙な変化から短期記憶障害の進行に気がつき、アリセプトを開始した。2~3日飲ませれば改善を確認できるケースがほとんどであった。改善が感じられ無いケースは、短期間で使用を中止した。
今の認知症治療は、抗認知症薬による改善の有無をきちんと評価していない。飲み続けないと大変な事に成ると言う妄想に支配されているだけである。この点が問題であり、「治さないで良い認知症」と言う本が生まれた理由だと思う。

認知症の治療

hokehoke先生、興味深いコメントをありがとうございました。

誤解のないように、まず書いておきたいのは、
この本は、「高齢者に認知症治療をするな」という本ではありません。
著者は、新聞記者を辞めて医学部に入った方で、本は、冷静、論理的で、大変説得力があります。是非、本を全文お読み下さい。

このブログの記事にも繰り返し書いてきたことですが、
認知症のような(困った)症状を出す原因には、多くのものがあります。
薬の副作用、甲状腺機能低下、脱水、便秘、周囲の不適切な対応等々)

「治さなくてよく認知症」は、その原因もろくに考えずに
アリセプトや抗うつ剤や睡眠導入剤や精神安定剤などの抗精神病薬などを
ただポイポイ処方すればよい(認知症の人の言うこと、気持ちなど無視)
作用や副作用の評価などせず、ただ漫然と、死ぬまで飲ませておけばいい
という、現在の認知症医療を強く批判しています。
どちらかと言えば、医師全員に読んで頂きたい種類の本です。

私も早期発見は、想像以上に、極めて難しいと思うようになってきています。
今、血液検査で判定する研究も進んでいますが、そこにも多くの疑問が湧きます。

脳の萎縮度合いと認知症症状が、明確に比例しないという事実があるのですから
血液でも同様だと思うのです。
同じ数値であっても、その人と周囲の関係、その人の生き方・暮らし方などで、
症状や予後は、いくらでも変わってくるものだと思います。

アリセプトが、非常によく効く」というお話は、
アルツハイマー病の方の介護家族から伺ったことがあります。
だから夢の薬として
これさえ飲ませておけば大丈夫」と医師には思わせたのでしょうし、
日本中の人に「物忘れがひどい高齢者には、それを”治す”よいお薬がある
という「常識(妄想)」が、広く深く浸透してしまったのだと思います。

「非常によく効く薬」=「非常に強い薬」
=「副作用も当然ながら強く、劇薬のように慎重に処方しなければいけない」
という最後の部分だけが、その「常識」からは、消されてしまいました。

そうした様々な問題点を指摘する本が、様々な医師によって、昨年から
次々と出版されているのは、大変心強く、うれしい限りです。

hokehoke先生に質問ですが、アセチルコリンの働きについて詳しく書かれたものをご存知でしょうか?もしご存知でしたら、ぜひ教えて下さい。

私は無知で、アセチルコリンは、記憶力に関係するという位の知識しか、
長年ありませんでした。
しかし、レビー小体型認知症の当事者の方々から、
リバスタッチパッチ・イクセロンパッチ(抗認知症薬)を使い始めて、
明るくなった/よく話す・笑うようになった/体調がよくなった/動きがよくなった
中には、微量の増量で、異常に低かった血圧が正常化したというものもあり
アセチルコリンの働きは、一般に言われている以上に
かなり多岐に渡るのではないかと思うようになりました。

No title

私も、この本は読みました。
治療で悪くなった例や、薬をやめ介護だけで、よくなった例などが、ピックアップされています。これを読んだ介護関連者が、誤解をすると困るので、あえて書き込みました。
私が認知症の診療に携わって、25年以上経ちます。私が認知症に関わり始めた頃から、認知症の方を施設で見ることは、それほど難しいことではない。家族が見ていくことは、不可能なことではないか。と言う介護の専門家が言っていました。私もそう考えていました。
アルツハイマーは、初期の対応さえ失敗しなければ、家庭で穏やかに暮らせると考えてきました。
家族が介護する場合には、やはり医療の介入が必要なケースもいることを、理解してほしいと思い、コメントさせていただきました。
アルツハイマーの場合は、治療より介護にほうがじゅうようですが、それが全てでない事を、理解してほしいのです。
このサイトで、私も色々勉強させていただいていますが、訪れるのは、き介護者や介護関係者が多いと思い、敢えて書き込みいたしました。

No title

hokehoke先生、どうもありがとうございます。

認知症医療について、誤解のないように書こうと思えば、
やはり本1冊分くらい書かなければ、無理だなと常々感じます。

上田諭氏も現役医師ですから、認知症患者への薬物療法
全面的に否定している訳ではないと思います。
ただ、今、全国のほとんどの医師がしているように、
原因も何も考えずに、とにかく薬をバンバン乱発すればいい
(その結果、寝たきりになろうと「認知症が進んだ」と言っていればいい)
という風潮に対して、「NO!」と言っているだけだと思います。

でも誤解早とちりが多い(そして誤解によって著者を非難する人もいる)
ということも事実ですから、確かに気を付けなければいけませんね。

以前にもコメント欄に書いたのですが、
極端から極端に走る方が、時々いらっしゃいます。

ご家族への愛情ゆえのことだと思いますが、最良の処方を求めて必死で病院巡りをし
副作用が出たら「もう薬は怖いから、全部止めました」とか。
コウノメソッドを絶対のものとしていた方が、思うような治療結果が出ないと
途端に激しい批判に回るとか。

私は、レビー小体型認知症のことしか知らず、
アルツハイマー病については、ほとんど知らないのですが
アルツハイマー病は、ケアだけで良くなるから、薬は一切必要ないと言うのも
薬だけで何とかしようとするのも、両方問題があると思います。

私(あまりバランスの取れた人間とは自分では思いません。)が言うのは
変だと思いますが、全ての物事には、良い面、悪い面があるのですから
そのバランスをとるということが、大事なのではないかと思います。

レビー小体型認知症の治療もそんなに簡単ではないというのが実感です。
薬剤過敏性も他の持病もない方は、なのかもしれませんが
母の場合も試行錯誤を何年も繰り返しました。

それでも、副作用で悪化させている薬を減らし(或は、止め)
効果の一番出るとそのを 試行錯誤で探るという努力は、
簡単には放棄して頂きたくないと思っています。
ご家族にも、医療、介護、福祉の仕事に携わる方々にも。

簡単ではありませんが、私の母のように
1つの薬を止めただけで、別人のように回復することがあるのが
(薬剤過敏性の強い)レビー小体型認知症ですから。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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