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若年性レビー小体型認知症体験談(Mayさんのご主人)

若年性レビー小体型認知症のご主人と生きるMayさんへのインタビューです。
介護が楽になるヒントをたくさん伺いました。
(字数の関係で文体を変えましたが、話されたままの言葉を極力残しています。)
……………………………………………………………………………………………………

43歳(1992)字、文章、挨拶が下手になる。 冷えや起立性低血圧が年々悪化する。
50歳(1999)それまでなかった置き忘れなどのミスや車を擦ることが増えてきた。
57歳(2006)不眠に処方された精神安定剤を飲むと口元が固まり表情が乏しくなった
       ある医師の勧めで心筋シンチグラフィ検査を受けると歩行障害も震えも
       ないのにパーキンソン病と診断(誤診)される。
       この頃から医師に自分で病状を説明できなかった
59歳(2008) 小刻み、すり足歩行始まる。レビー小体型認知症の疑いを指摘される。
61歳(2010) レビー小体型認知症と診断され、認知症治療を始める。要介護3
64歳(2013) 急に色々なことができなくなってきた。長距離には車いすが必要。

…………………………………………………………………………………………

   診断まで18年かかったのですね?」

仕事が激務だったのでストレスが原因ではないか、その後は歳のせいと思い、認知症を疑ったことはなかった。本人に聞いてみても、病気の可能性を否定していた。

   「認知症の治療を始めて4年。診断後の治療は?」

医師の勧めで4分の1錠に割ったアリセプト(抗認知症薬)を飲ませたが、眠込んだり、強い妄想が出た。更に微量、粉にしてなめるだけでも効く可能性があると言われたが、止めてしまった。現在は、リバスタッチパッチ(抵認知症薬)を処方されている。

   「今は、どんな症状がありますか?」

日によって差がある。
服の着方(前後裏表、どの穴に何を通すか)がわからないことが徐々に増えてきた。

幻視は、壁から手や水が出てくる、トイレが赤いなどと言う。最初から「症状だ」とよく話し、本人も納得しているせいか、怖がったり興奮したことはない。ソファーに「赤い帽子の人が…」と言う時は、赤いクッションを片づけると消えたりする。

毎日夕方5時位になると目つきが険しくなり、幻視と妄想の世界に入ってしまう。
最初は戸惑ったが、安全性だけ確認して1人にして置いた方がいいのだと段々分かった。
30分から1時間位するとまた元の穏やかな夫に戻る

ちゃんと会話はできるのに、時間感覚だけが、ひどくおかしい時があり不思議だった。


   ショートステイに行くと、ひどく悪化していることがある。なぜですか?」

ストレス。夫との会話には時差がある。ゆっくり繰り返し伝え、理解し、返事をするまで長い時間が必要。すぐに諦めて無視せず、返事が返ってくるまで待ってあげて欲しい
夫も苦しんでいて、意思疎通ができないと「何もしないでくれ!」と拒否状態になる。


   「パーキンソン症状に対する介護のコツがあるのですね?」

トイレでの介助もいで強い力で無理矢理やると、かえって体が動かなくなる
漏れたら拭けばいいと思って、ゆっくりやると、軽い力でもちゃんと動いてくれる
トイレは、失敗しても責めないように気をつけている。  
日々、試行錯誤の繰り返しだが、上手くいくと嬉しくて、また色々工夫して試してみる。

夫は、音楽が好きで、聞いている時は表情が良くなる。本人が好きなものは、とても大事だと感じる。「美味しい・楽しい・気持ちよい」をモットーにしている。


   「今までの介護の中で、特に心に焼きついていることがあるとか」

家がいくつもあるとか、私が3人いると言う。優しい私、怖い私、力持ちの私などがいるよう。力の要る時「もう1人の人に頼んだら?」と言う。(→解説
私がイライラしている時「○○(私)を呼んで欲しい。○○(私)に会いたい」と言う。
そう言われた時は、とても悲しかった。でも夫の気持ちがわかり、夫を不安にさせたり不機嫌にさせるのは、病気のせいだけではなく、私のあり方、接し方なのだと…。


   「初めはとても大変だと思っていた介護が、段々楽になってきたそうですね」

失敗を通じて自分が少しづつ変わり、自分が変わったことで夫も変わるのだと感じる。
夫の失敗に対して、夫も自分も責めなくなった。お互いのために、それが、一番いい。

夫に色々押し付けている間は、上手くいかず、とても大変で、逃げ出したかった
しばさんのブログを読んで、夫の症状を夫の側から見るという視点に気づかされた。
自分の側からだけ見ていると苦しいことも、視点を変えると腹が立つことも減り、楽になった


   「お一人での介護を長く続けていくために必要なものは?」                                      
長い介護生活の中では、自分一人になる時間が救いになる。夫の顔も見えない、声も聞こえない空間に入って、自分の好きなことをする時間が、わずかでも必要だと思う。

<関連記事> 
幻視ほか、幻覚の体験談: いつ何がどう見え、どう感じるのか
5種類の認知症別 本人と家族の体験談集 
体験談「時間の感覚が失われる」。本の紹介「空間認知能力の鍛え方」
力づくでは動かない手が優しい力で動くユマニチュード実践動画(幻視実例も)
P1020784_convert_20131107191033.jpg
コキア(和名:ホウキギ)       
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No title

Mayさんのご主人様、
うちの夫と同い年ですね。

「失敗を通じて自分が少しづつ変わり、自分が変わったことで夫も変わるのだと感じる。
夫の失敗に対して、夫も自分も責めなくなった。お互いのために、それが、一番いい。」

とても心に染みる言葉です。
わたしは、急いでいるときなど、特に夫にきつい言葉を投げてしまいます。

Mayさん、応援しています!!!

認知症介護

年老いた親のすることなら許せるけれども、配偶者のすることは、神経に触るということは、容易に想像ができます。
相手が病気になったからといって、突然、自分の人格接し方変えることも不自然だし、無理があります。

ある若者が、「一方が認知症になると、夫婦って、お互いに強く支え合って生きていくんですよね?」と言うのを聞きました。

『それは、ドラマの中だけの話じゃないかなぁ』と私は思いました。

病気と生きる側は、「心配をかけたくない。これ以上、心の負担を増やしたくない」という気持ちがあって、心の内をあまり言わない場合の方が、多いのではないでしょうか?

「何にしんでいたのか、どんな気持ちでいたのか、相手も話さなかったし、こちらも訊かなかったから、わからない
という言葉を何人かの方から伺ったり、読んだりしています。
それが、夫婦の現実の姿じゃないかなと、私は、思います。

Mayさんは、時間をかけながら、理想的な関係に一歩一歩進んでいらっしゃるんだなぁと、深く感銘を受けました。

字数の関係で割愛したのですが、色々なことを試行錯誤することを面白がって、楽しんでいらっしゃるところも素敵だなと思いました。

例えば、「コップから水は上手く飲めないのに、ワイングラスから好物のワインは上手に飲める
じゃあ、ワイングラスに水を入れたらどうなるかとやってみたら、飲めなかった。ダメか〜!(笑)」という風に。

先日、大好きな映画「レナードの朝」を十数年ぶりに見たんです。
石のように固まって、まったく反応しない脳炎の入院患者たちが、
何かの刺激で、突然反応することに医師(ロビン・ウィリアムズ)が気付き
看護師などスタッフみんなで、何に反応するか、あれやこれやします。
その辺りは、感動と共に、ちょっとコメディータッチで描かれています。

私は、認知症介護には、そんなコメディーっぽさが、大事じゃないかなぁと思っています。
好奇心を持って、面白がること、試行錯誤楽しむこと、一緒に笑うこと。

以前読んだ本に、デイの送迎バスから絶対に降りない男性の話が書いてありました。
何をどう言っても、席に座ったままビクとも動かないので、皆、ほとほと困っていたそうです。
その時、一人のスタッフが、ふと思い付いて
「○○さん、終点です」と言うと、黙って、すっと立って一人で降りたという話です。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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