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若年性アルツハイマー型認知症 本人の体験談2(文藝春秋)

2014年6月の記事でご紹介した若年性アルツハイマー型認知症と生きる藤田和子さん。
(1961年生。元看護師。同居する認知症の義母、義父を10年余り介護
 2007年6月に若年性アルツハイマー病と診断され、翌年退職
 2010年に若年性認知症問題にとりくむ会「クローバー」設立。代表。)→出典

文芸春秋(2014年8月号)に掲載された藤田さんの詳細な体験談には感銘を受けました。
以下、9ページに渡る体験談からほんの一部を抜粋。

「(認知症になって)認知症400万人といわれる時代なのに、認知症への理解がまったく深まっていないことに驚きました。(略)認知症といえば重度のイメージしかないから(略)”私は違う”と反発し、家族も”そんなことはない”と否定するのです。(略)
認知症になったら何もかもわからなくなり、周囲を困らすだけで人間として終わりだと
(社会の刷り込みによって誤って)思われているからです」P304

あと何年したら分別がつかなくなるんだろうと不安でしたが、まだこんな感じだったら、このまま症状の進行そんなに心配せずにいけるのかも、と思えるようになりました」P307

「進行がかなり進んでも感情は存在するし、自分が自分であるという意識も残っている。初期なら、出来ないことを要求されても拒否できますが、コミュニケーション能力を失った段階になると、言葉にできない分、苦しみは増えます」P.309

以下は「ふらっと」というサイトに掲載された藤田さんの体験談。是非お読み下さい。

 1. 自分で気づき病院へ。認知症と診断されるが治療もされず、不安と混乱の日々

 2. 不安と恐怖と闘いながら仕事も学校の役員も続けるが、退職へ。社会の理解が必要

 3. 信頼できる医師と出会い、認知症薬(アリセプト)を微量から始め、調整
  (文藝春秋P304-305:1mgから始め、1.5mg、2mgと増やし現在6mg。)

 4. 病気以上に辛い「認知症の人へのまなざし」を変えるために活動

*「クローバー」を設立し、安心の社会を訴える→京都新聞の記事全文
「私も(認知症のイメージで)見られるのだと思うと身のすくむ思いもしました。
けれどもそれが間違いだということを知っているのは患者本人だと気づきました」


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「私も(クリスティーンさんのように)同じ認知症の方たちが、生きる希望を持てるような活動をしていきたいと思います」と文藝春秋で語る藤田さん。写真は「ふらっと」から

<関連記事>
若年性レビー小体型認知症本人の体験談(「認知症に見えない」と言われる葛藤)
5種類の認知症別 本人と家族の体験談集(クリスティーン・ブライデンさんも)
若年性アルツハイマー病 石川恵子さん・佐野光孝さんの体験談(雑誌から)
若年性レビー小体型認知症 本人3人の体験談(藤田さんと似ている部分が多)
認知症の種類がわかるチェックリスト(山口晴保教授作成)半数はアルツハイマー以外
関連記事

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No title

こんにちは!

若年性認知症と共に歩む藤田さんの以下の言葉、
心に響きました。

認知症といえば重度のイメージしかない
私も(認知症のイメージで)見られるのだと思うと身のすくむ思いもしました。

若年性レビーという診断に当てはまる夫も、通常のコミュニケーションが出来ますし、感情も豊かです。ですから「認知症」という言葉がピンときません。

「認知症」自体が悪いというのではなく、あらゆる病気や障害についていえることですが、それを恐れ、避けようとする姿勢が、本人にも家族にも辛いのだと思いました。

病いや障害を持っていることは、「不自由」ですが、「不幸」ではない、と言える自分を目指したいです。

クローバーの会、四つの葉の意味に、「本人」「家族」「支援者」と「社会」が入っているということ。医療が入っていないところが新鮮でした。(支援者に含まれる?)

今まで、病気と闘うというと一番に医療が思い浮かびました。病気と闘う医療体制や薬もとても大切です。

でも、病人を支えるのは家族、その家族を支えてくれるのは支援者(施設のスタッフさん、相談員さん、ケアマネさん、家族会の方たち、ブログなど)です。

家族や介護者に目を向ける時代が来ました。ありがたいことです。

本人にとっても家族にとっても、一番怖いのは孤独です。


No title

若年性認知症に罹りながらも、この方のように6年経っても元気に自立して、社会と関わりを持ち続けている方もいらっしゃる。
何が違うのでしょうね。
夫の場合は、病気に抵抗することもなく、どんどん病人になっていきました。
私は、それを止めてあげることができませんでした..。

この方を取り巻く環境もさることながら、やっぱり、いい主治医に巡り会えたことが大きいのでしょうね。
この方のことを考えて、進行しないように常に支えて下さっていたことが窺えます。
特にアリセプトを微量から始めて、症状に応じて増量していかれたようで、6年前だというのに、そういうさじ加減をして下さる先生がいらしたんだということに、衝撃を覚えました。

夫の主治医の場合は、夫の症状がどうでも、規定通りどんどん増量していきました。
体調が悪くなっても、それは病気が進んだからとこともなげに言われました。

夫もこの方のように、様子を見ながら、微量から始めてもらえれば、理不尽な暴力も起こさなかったろうし、もしかしたら今でも元気でいてくれたのではないかと思います。
今更取り返しのつかないことですが..。

ところで、南の海、沖縄に夫を連れて行くことが出来ました。
きっかけをつくって下さったしばさんの記事、そして、H&Mさんに感謝しております。
ありがとうございました。

認知症という言葉のイメージ  薬の副作用

MKさん、コメントとても嬉しいです。
この記事を読んで、感じること、思うことは、お一人おひとり違うと思います。
それが当たり前で、そうした様々な立場にある方々の
率直な声を伺いたいなぁ、大勢で話し合いたいなぁと凄く思っています。

私も、何が、若年性認知症の方々を苦しめているかを考えた時、
「認知症」という言葉
その言葉に対して世のほとんどの人の持つイメージ
ではないのかと、ずっと考えています。

文藝春秋の中の藤田さんの言葉
「定期的に 身近な友人に ”どうしてる?困ってない?”と
気軽に 様子を見に来てもらえると とても助かる。
私の様子や気持ちを 聞いて欲しい
私が 何をしたいか 尋ねてくれる人がいるのは 大きな支え
実際は 認知症になると 友達が離れて行くのが 現実のよう」
をツイッターで紹介した時、

「認知症の人に会っても何を話せばいいかわからない
何か盗ったと言われそうで怖い
と書いて下さった方がいらっしゃりました。

『ああ、そうなんだ、そういう風に心配されるんだ』と初めて分かりました。

認知症の人は、○○です」と医師ですらよく言いますが
それは、がんの初期の方と最末期の方を
「同じがんなのだから、全員同じ症状です」と言うのと同じことです。

認知症に見えないと言われた時の気持ち語った体験談を読んで下さい。
http://nonohana7.blog134.fc2.com/blog-entry-1219.html

ここでは書き切れないので、またいつか記事に書きます。

MKさん、家族や介護者のケアが必要だという意見、記事は、
確実に増えてきていますよ〜! 介護家族のメンタルケア
http://nonohana7.blog134.fc2.com/blog-entry-1260.html

cocoさん

コメントありがとうございます。
沖縄、車いすで行かれたんですね。よかったです。

アリセプトのことは、私もこの記事を読んで、本当に驚きました。
(しかも薬剤過敏性のあるレビー小体型ではなくアルツハイマーに。)

藤田さんの主治医は、このブログでもアロマセラピーなどで登場された
鳥取大学医学部の浦上克哉教授です。

でもこういう処方をする医師は、少ないんです。
そういう処方をしてはいけないと決められているからです。

先日見たドキュメンタリー映画「妻の病—レビー小体型認知症—
でも、統合失調症と誤診された3年後に、やっとレビーとわかって
抗認知症薬(アリセプトに見える)を飲み始めるのですが
ひどく怒りっぽくなり、自宅介護ができない状態になります。
(介護者は、小児科医です。映画の中では薬が原因とは言いません。)

多くの医師は、「認知症が進んだから」と 言い、
介護者のほとんどの方は、「認知症とは、こういうものなのだ」と思います。

この状況は、ほとんど変わっていません。
それをみなさんは、どう思われますか?

No title

私も、会った人全員から「糖尿病には見えない」と言われます。
この言葉は、マスコミが作り上げた虚像、ステレオタイプな思い込みが皆にあるということですよね。
「では、あなたはアントニオ猪木が30代から糖尿病だと知っていますか?彼は、らしく見えますか?」と言い返したくなります。彼も(生活習慣病と言われる)2型です。皆の思い込みだったら、ブッチャーとか、アンドレの方がずっとそれらしいですよね。

認知症も同じだと思います。
だからこそ、らしく見えない人が、もっともっと表に出て発言して、世間の誤った認識を変える必要があると思います。
保険加入を拒否される重病人だけど、その辺の不健康な一般人よりも、ずっと健康的で幸せに暮らしているってね。

病気を公表すること

kimiさん、コメントありがとうございます。

病気を広く世の中に公表することに関しては、
本人が望んでも配偶者が、子供が、きょうだいが、親戚が反対する
ということも複数の方から伺っています。

藤田さんも記事の中で紹介した「ふらっと」の4の中で書かれています。
「最初は、病気を公表することにも不安があり、
家族に影響があるかもしれないという声もあって、
匿名で活動していた時期もありました」

誤解も偏見もある(敢えて言えば、今は、誤解と偏見しかない)病気を
テレビや雑誌やネットで、実名で公表するというのは、
私は、並外れた勇気が必要な行為だと思っています。

私は、そんな風に活動される方々の意志勇気に感動します。
心から尊敬し、可能な限り応援したいと思います。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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