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9月2回目の帰省3日目(後半)父の自覚 穏やかな母 病院

実家の隣の○○さん(両親共親しい付き合いがある。)の所に診断結果を伝えに行く。
「今朝、お父さん来たよ!最初はお母さんの調子が悪いって話だったんだけど、”○○さんだから言うけど、認知症って診断されてね。自分では全くそうは思わないんだけど、それが症状だって言うんだよ。娘らも揃っておかしいって言うしね。今後、もし私が何か変なことをしたら遠慮なく言ってくれる?”って、自分で言ったよ」
「興奮したり、怒ったりしてませんでしたか?」
「ううん。全然。落ち着いてたよ。だから私も言ったの。”そんなのお互い様じゃない。私の時も言ってよね”って。ほんと、人事じゃないよ」
心底驚いた。父には、まだ冷静な判断力が残っている。光を見い出す。

兄が10月から毎週金曜に帰宅するので、家に入れなかった時は、保護してもらうようにも頼んだ。(玄関に細工をしないと兄は玄関を開けられないが、父は、最近、よくその細工をすることを忘れて仕事に出掛けてしまう。)

父と母の所へ行く。穏やかな顔をして他の入所者と話していた。
母「今日は、もう来ないのかと思ってた~」
頭もしっかりしている。1時間程話すが、1度も泣かず、怒らず、何回か笑顔すら見せてくれる。言うことの半分はおかしいが、半分は正常だ。(職員に訊くと、やはり夜は眠らないという。)
母「明日、帰るんだよね?みんなでご飯食べに行こうか?」(帰る日を母は、正確に覚えていた。)
私「いいねぇ!お母さん、何食べたい?」
父「○○は安くていいぞ。○○も安いぞ」
私「せっかくお母さんと行くんだから美味しい所に行こうよ」
妹に電話すると「ネットで調べておくね」と言う。母は和食より洋食が好きだ。
何の問題もなく穏やかに別れた。いつも通り、私は、頬ずりをし抱きしめた。父は、両頬に音を立ててキスをした。
帰り道、父は「いつも今日くらい落ち着いていてくれたらなぁ!」と何度も言った。

この日は、一日中、市内のある病院(神経内科と内科を併設)に母と行こうと繰り返し父を誘った。
父は、名古屋の病院に固執し、初めは、聞く耳を持たなかった。
しかし父の運転で名古屋まで行くのは、危険過ぎる。本人は、自分が運転すると言ってきかない。
妹は、父の運転で名古屋に行くのは2度と嫌だ、何が何でも病院を変えるように父を説得してくれと、帰省前から言ってきていた。
私には、迷いがあった。正しい処方に行き着くには、時間がかかると思っていた。けれども帰省前に市内にあるその病院に電話し、レビーが治療できること等を医師に直接確認し、両親の予約を入れた。
母には、甲状腺と肝臓の持病があり、父も健康診断で前立腺の経過観察が必要と言われた。毎回2人を連れて行き続ける妹の負担を考えると内科を併設しているその病院が一番良さそうに思えた。
丸一日かかって、やっと父は、母をその病院に一度連れて行ってみてもいいと言うようになり、”ついでに自分も診てもらう”ことにも同意した。

しかし車の運転に関しては、何度、何をどう言おうと怒るのみだ。人をはねたらと思うと頭がおかしくなりそうになるが、強制的に入院でもさせる以外、運転を止める方法はないのではないかと思った。

保険の解約の件も「お父さん、解約したいって言ってたよね。保険証券さえあれば」と言った途端、激怒する。この瞬間、父は、金庫が開けられなくなったのだ・・と思った。

椅子の上に放置されているあまりにも汚いズボン(毎日はいている。)を洗おうとして、ポケットの中の財布を出すと、分厚い札束(全て万札)が入っている。銀行の封筒も入っていて、その中にも札束がある。合わせて百万位はある。
「・・・これ・・何・・?!」
やはり父は、激怒する。狂ったように怒鳴り散らす。使い道は、わかりようがない。

夜、妹と電話で話す。
妹「お父さん、ガードレールにぶつかってくれないかな~。事故起こしたら運転止めるって言ったよね?」
私「反省しないのがピック病だから、”こんな所にガードレールなんか作った奴は、どいつだ~!”って役所に怒鳴り込むんじゃない?」
2人で笑う。笑わなければやっていけない。

夫からも父の携帯に電話があった。私は入浴中だったので、「今、シャンプーしてるから後でかけ直す」と言ったが、父は、「早く出ろ!電話だ!」と風呂の戸を10センチ程開けて携帯電話をぬっと差し出した。異常だ。
後で夫に電話する。夫は、心配はしてくれているものの、父の病気を信じられない。
「電話で話しても、お父さん、全く正常だったよ。全然おかしくないよ。あなたが勝手に病気だと決めつけてるだけなんじゃないの?」
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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