若年性認知症 ブライデンさんのメッセージ

2014年3月8日号「週間東洋経済」(認知症特集)の中から一部を原文を残しながら要約。青字部分は(ブライデンさんの語りかけが、そのまま伝わるように)原文通りです。


  < 認知症の当事者が寄稿 毎日ポジティブに認知症を生きる > P.44〜45

     寄稿:元オーストラリア首相内閣府第1次官補 クリスティーン・ブライデン

1994年、オーストラリア政府の官僚だった私(当時46歳)は、夫と離婚し、3人の子供を育てていた。激しい頭痛に何年も悩まされ、日々へとへとに疲れていた。
頭痛のため病院に行き、検査の結果、認知症と診断された。

「完全にボケてしまうまで5年もかからない。そこからの余命は長くて3年ほど」
医師の言葉に、未来は真っ暗になった。仕事は辞職。ひどく落ち込んだ

しかし毎月訪ねて来てくれる友人から「認知症の人の気持ちや経験を書くべきだ」と背中を押され、「私は誰になっていくの?—アルツハイマー病者からみた世界」(クリスティーン・ボーデン著)を書いた。

本を書いてみると、深い悲しみから立ち直る勇気が、少しづつ湧いてきた。
残された時間を噛みしめるように、日々の困難と向き合うようになった。
96年には、ポール・ブライデンさんと再婚。国内外で認知症の人のための活動を始めた。

社会にはまだまだ認知症へのスティグマ(偏見)があると感じます。
認知症と聞いて一般の人々が思い浮かべるのは、最後の段階だけです。
認知症と診断されてから死ぬまでの間に、10年も20年も認知症の人として生きる長い旅路があることは、あまり理解されていません。
そしてその旅路は、周りの人たちの協力があれば、最大限に楽しむことが毎日できます。

今になって、「たとえ認知症が脳を損傷しても、私のスピリット(精神)は私の奥深くに残っている」という確信が私にはあります。
現在の私は、いとも簡単に動揺し、不安になります。
(騒音を脳へ攻撃に感じる等)
そんなときは、夫が付き添い、手伝ってくれたり、優しく励ましてくれたりする。

脳の損傷は、目に見えません
(「本当に介護が必要なの?」と言われるが)私が健常者のように見えるからでしょうが、いったいどんな見た目だったら満足してもらえるのでしょう?

現在、脳の画像では中程度の認知症だが、今でも話し、文章も書くことができ、医師は不思議がっている。認知症では1度に2つのことをするのが難しいので、ややこしい仕事は、調子の良い時間帯にこなし、疲れたら飼い猫を見て楽しんでいる。

認知症と闘っている日本の皆さん、どうかできるだけ毎日ポジティブに生きて下さい。
自分でできることは自分ですべてやりましょう
「できるうちはやるんだ」と自分を奮い立たせて。

認知症の人でも社会に貢献することはできるし、人生は豊かで価値があるものだと実感したいですよね。長く充実した人生を送る。その希望を捨てないで下さい。
なにしろ私は、最初の診断から20年経った今でも元気に生きています!

1日1日を前向きに生き、最高の1日にしてください。
自分の人生を愛することこそが大事なのです。


 ●次回、日本の若年性認知症の例に続く。

<関連記事>
*「認知症のわたし(朝日新聞)」2012年9月
*「ブライデンさんの著書から抜粋 家族が誰か分からなくなっても
*「ブライデンさんの著書から抜粋 認知症当事者の内面では何を感じているのか
*「ブライデンさんの著書から抜粋 認知症への偏見
*「ブライデンさんの日本での講演の内容
*「若年性アルツハイマー型認知症 佐藤雅彦さんの講演動画
*「若年性レビー小体型認知症 幻覚(幻視・幻聴・幻臭)体験談」

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若年認知症のクリスティーンさんと夫のポールさん
「医療介護ニュース」に掲載された写真)
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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