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9月2回目の帰省3日目(前半)介護認定調査員来る

初期のピック病に記憶障害はほとんどないという。今も毎日ある父の異常な物忘れは、医師の言う「考える気がない」ためなのか?万引きや徘徊や浪費が始まったらどう対処すればいいのか?ヘルパーも宅配弁当も拒否する父をどうやって支えていけばいいのか?
『今は、もう何も考えずに眠ろう』と思っても無理だった。

朝、父が、落ち着いていて機嫌も良いようなので、反応を見ながら訊いてみた。
「お父さん、時計描いてみてくれる?」(時計描画テスト。アルツハイマーなどを早期に発見できる。)
「そんなものは、簡単だぁ。まず、丸を描くだろ。次に数字だろ。12、3、6、9を書いてから・・」
父は、名古屋の病院で母が受けたこのテストを知っている。
「10時10分って描ける?」父は、正確に描く。
「だから言ってるだろ。俺には何の異常もないって」
私には理解が出来ない。帰宅してから調べなければと思う。(実家にPCはない。)

朝9時、介護保険申請のための調査員が来る。駐車場ででピック病と診断されたことを伝え、症状を書いたメモを渡す。
調査員は、父の身体状況を詳しく調べるが、父の体には、もちろん何の異常もない。
3つの物を覚えさせて5分後に言わせるという認知機能のテストも完璧に答える。
認知症に関する質問項目は、本人に訊くと怒り出すと判断されて、父にはせず、後で私が、電話を受けて答えた。
父は、素直に調査に従いながらも「あの医者は、私に言わせれば、医者失格だね」などと診断を否定する言葉が止まらない。饒舌過ぎる。同じ話を何度も繰り返す。私は、何度も父の話をさえぎり、辛抱強く待っている調査員に次の検査項目に進めるよう促した。
「本当は、”院長出せ~!”って、あの医者と大喧嘩してやろうと思ってたんだけど、何せ3人(娘2人と伯母)も居たからねぇ。しょうがないから我慢して黙ってやってたよ」

「他のピック病の患者と比べてどうですか?同じですか?違いますか?」父のいない駐車場で調査員に訊く。
「・・ちょっと違います。・・ピックはひどいです」調査員は、後で電話をすると言って帰って行った。

伯母の家にお礼と説明に行く。伯母が居たから父は大人しくしていたのだと伝える。ピック病について説明する。
「元々短気で変わった人だったからねぇ。どこまでが生まれつきで、どこからが病気なのか、その線引きがわからないねぇ。本当に病気なのかと思っちゃうよ。車の運転が危なくなったのは、見てて知ってるけど・・」
駐車場から出る時、安全確認をせずに(車が来ているのに)、反対車線に出て方向転換をすると言う。

NTTの電話帳広告担当者から電話がある。既に来年度分も契約済みで近々原稿提出の期限だと言う。
そういう特殊な事情であれば、10月末までに連絡をもらえれば、掲載を取り消すことは可能だと言われる。
その時までに父は、仕事(毎日車を使う。)を辞めると言うだろうか?
父は、ミスを繰り返しながらも、生き生きと楽しそうに仕事をしている。最近、なぜか仕事が減ってきたので、電話帳の広告を改良しようと研究中だとも言っていた。

父が勝手に解約しようとしていた保険の担当者と近所のファミリーレストランで会う。
母が契約者、父と兄が被保険者になっている。この3人が全員正常な判断ができないとなると、あらゆる手続きは、限りなく面倒になるのだと知る。
母は、他に何社も保険に入っている。いくつもの証券会社と契約がある。それらの内容すらよくわからない。
母の頭の回転が遅くなった何年も前から「何がどうなっているのか全て紙に書き出しておいて」と頼み続けていたが、母は、それをしないままだった。今、保険証券や通帳すら行方不明だ。

母の以前のケアマネに電話をして現状を説明する。彼女も時々父に電話をしては「ヘルパーさんを頼むと楽だよ~。宅配弁当は、栄養バランスが取れていいよ~」などと勧めているのだが、あらゆるサービスを拒否し続けていると言う。
兄の通所施設にも電話して、父の病気の症状や現状を説明する。

何度も助けられている保健所の保健師にも電話して相談する。
「ピック病の進行は、本当に個人差が大きいんです。あまり進行しない人もいますし、急激に悪くなっていく人もいます。多くの人は、性格が激変してとても怒りっぽくなります。
お父さんもこれから病気が進んでいくに従って、日常生活に支障をきたすようになると思います。その時がチャンスです。機を逃さず、ケアマネと連携してヘルパーを入れるんです。『何だ、人にやってもらった方が、ずっと楽だ』とわかるはずです。そうすれば、お父さんもきっとヘルパーを受け入れます。
宅配弁当は、持参して行って一緒に食べてみるんです。そうして勧めれば反応も違うはずです。
ピック病は、確かに治療法はない病気ですが、精神科で対処療法をすることは多いです。何も打つ手がないなんてことはありません。大丈夫です」
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tag : 介護認定

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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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