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9月2回目の帰省2日目(前半) 介護認定面接の準備 父の告知

朝、兄の通所施設に着替え一式を届け、入れ歯のことを説明し、10月から毎週金曜日に帰宅できないかとお願いする。今日出る父の診断結果も後で連絡すると伝える。

NTTに電話をし、父のことを説明し、電話帳に載せる父の仕事の広告のことで相談する。担当者はいなかったが、広告掲載をやめられるのは、来年の2月だと言われる。後で担当者から電話をもらうことになった。

明日の介護保険認定面接の調査員に電話して説明。春にも母の認定(要介護4)のために来た人だった。
症状とその頻度(毎日なのか週数回なのか)を書いたメモを用意してくれと言われる。
それがなければ父は、調査員に「私は、100%健康で、家事も仕事も完璧にこなしている。何の問題もない」と言って「非該当(介護保険を利用する必要はないと判断)」で終わりだろう。さっそく症状を書き出し始める。

春まで母の通っていた絵手紙教室の仲間からの葉書をポストに見つける。
<お元気ですか?○○さん(母)が、教室にいなくなってとっても淋しいです。>とある。
母が○○というグループホームに入ったこと、淋しがっているので、教室の皆さんが会いに行って下さったら有り難いなどと返事を書き、投函した。
本当は、母を知る全ての人に「母を訪ねてやって下さい」と手紙を書きたいとずっと思っている。

父の診断結果を聞くために病院に行く時間が迫る。目をつむり何度も深呼吸をする。
運転と仕事をやめる準備を始めること、妹を成年後見人としてお金の管理などを任せることを約束する文書(強制的ではなく、私たち姉妹が全力で父を支えるので一緒に考え協力して欲しいという内容)を作ってあり、告知の後、父にサインをしてもらう計画だ。証人として伯母にもサインをしてもらう欄も作った。

父は「俺一人で行けばいいんだな?」と訊くので、「私も暇だし、○○(妹)も仕事、休みみたいだから、一緒に行くよ。皆で行った方がいいじゃない」と言う。病気のことには一切触れない。言えば病院には行かないだろう。

外は、叩きつけるような激しい雨になってきた。私たちの未来を暗示しているようだと思う。
仕事を早退した妹も来る。妹の車で病院に向かう。
待合室に居ると疲れた顔の伯母も来てくれる。父は、特に驚きもせず不思議にも思わないようだった。

医師は、前回とは随分印象が違い、柔らかく優しい態度で脳のCTの結果から説明を始める。
(これがこの医師の本来の姿なのだろう。)
「脳の萎縮は、”年相応”よりは、若干大きいです」
父を刺激しないよう、言葉を厳選しながら、父と私たちの反応を見ながら話す。
(しばらく脳の状態についての説明や質疑応答があったが、省略する。)

長谷川式では、「30点満点中28点で問題はありません」。父は、嬉しそうにうなずいている。
「しかし、変な絵を見せて何に見えるか訊くテスト(ロールシャッハテスト)で、○○さんの現在の状況をよく示す結果が出ました。はっきり言ってしまいますと、”考えずに思うがままに行動する”という傾向です。これらの検査結果と先日の○○さんとご家族との問診の結果を総合的に判断しますと、どうもよくある病気とは、少し違う病気かと考えられます」
「ピック病ですか・・?!」
私は、無意識につぶやいていた。
認知症の中で最も介護が困難になり、施設入所さえ断られることの多い病気だ。

「ごく初期のピック病かと思われます」
問診の時、「今日が何月何日かわからない」と答えたのに、長谷川式で正確に答えているのは、忘れたのではなく、考えずに答える、考える気がないという病気の症状なのだと説明される。

父は、初め狐につままれたような顔をしていた。
「私自身は、何の異常も感じていませんし、問題も一切ありません」
「自分で病気だと自覚できないのが、この病気の特徴です」
「そんな馬鹿なことがありますか?!自分のことは自分が一番良くわかるでしょう?!私は問題なんてないですよ!」

医師が運転の危険性を指摘しても父は、100%安全だと反論する。妹も私も抑えた声で、どれだけ危険な運転をしているかを父に伝える。
「私は、4年間無事故無違反ですよ!ちゃんと実績がある!十分注意もしている!」
何年か前、運転免許センターで反射能力の検査をしたら20代だと言われたという、いつもの自慢話も始める。
医師「今までのことではなく、これからのことを話しています。ガードレールにぶつかる位ならいいですが、人をひく可能性もあります。だからと言って、私に、運転を止めろとか止めるなという権利はありません。ただ危険性だけは、十分心に留めておいて下さい」

全く納得しない父は、「自分は全く正常だ」と同じ話を延々と繰り返す。
「この病気は、自分が病気であることを自覚できません。これ以上続けても押し問答になるだけですから」
「もし私が病気だと言うなら、3ヶ月後、半年後、1年後は、どうなるって言うんですか?!」
「この病気の進行は、個人差が大きいんです。一般的には、年単位で徐々に進行して行くとしか言えません。
残念ながら治療法も進行を遅らせる薬もないのが現状です」
「わかりました!」と吐き捨てるように言うと父は、それきり押し黙った。怒り心頭だが、出て行こうとはしない。
ピック病の多くの患者は、怒って診察室を出て行くと本に書いてあった。
妹は(おそらく本は読んでいないが)7月から「診断されたって、お父さん、絶対に認めないよね。怒って勝手に出て行っちゃうよね」と言い続けていた。勝手に一人で帰ることを防ぐために妹の車で来ていた。
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戻って早々すごい勢いでブログを書いてるので驚いてます。
しばさんはいつも忙しそうなので、お疲れではないかと心配しています。

以前メールでフェルガードとヨーグルトのことを書きましたが、今回はそのときのメールの補足のような感じです。また今日もインターネット上の情報を紹介します。

社長のコラム
http://84177398.at.webry.info/200810/article_3.html
フェルガードを製造・販売しているグロービアの村瀬社長の昔のブログです。ピック病のフェルガードによる改善例の記事が書いてあります。

フェルガードのガーデンアンゼリカには興奮性があるため、普通はピック病にフェルガードだと余計に怒りっぽくなると考えがちですが、実はそうではないのです。先日のコメント ( http://nonohana7.blog134.fc2.com/blog-entry-107.html#comment146 ) にも書きましたが、ピック病は前頭側頭型認知症の一種です。ピック病で怒りっぽくなるのは、前頭葉の機能低下によって自制心が弱くなるためです。フェルガードによって前頭葉の機能が改善すると、自制心が働いてきますので、逆に怒らなくなってきます。この辺の内容については以下の記事が解りやすいと思います。

長久手南クリニックへようこそ
http://plaza.rakuten.co.jp/aiwata/diary/200810080000/
愛知県で長久手南クリニックを開業されている岩田先生の記事です。村瀬社長の「社長のコラム」に出てくる岩田先生です。私もお会いしたことがありますが、とても温厚そうな先生で、コウノメソッド実践医です。

先日しばさんはコメントの中でアルツハイマーとピック病の合併について聞いてましたが、私はその勘が当たってるように思います。

お父様がピック病だけなのかアルツハイマーとの合併かは別として、フェルガードはピック病とアルツハイマーの両方に効果があるので、できればお父様に勧めたいところですね。今月5日に送ったメールで書きましたが、妹さんのヨーグルト作戦もアリかと思います。

ちゃわさんへ

いつもながら貴重な情報をありがとうございます。
父は、フェルガードを1日1回昼に(忘れなければ)飲んでいるようです。
朝夕飲むように箱に大きく書いておいたのですが、父は、勝手にそう決めているようです。
医師の診断には全面否定の父ですが、内心、不安があるようです。

ちなみに父はヨーグルトなど洋風なものは、一切食べません。
妹は、父の怒鳴り声を聞くと「気持ちが悪くなる」と言って、頻繁には実家に行きません。
中々一筋縄にはいきませんね・・・。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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