スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映画「ペコロスの母に会いに行く」の監督自身の認知症

2014年1月10日の日経新聞に「ペコロスの母に会いに行く」が、昨年のキネマ旬報(邦画部門)で1位に選ばれたと書かれていた。(→映画公式サイト・予告編動画

12月21日のETV特集「記憶は愛である ~森崎東・忘却と闘う映画監督~」では、86才の監督が、自らの認知症と闘いながらこの映画を撮る姿が描かれていた。以下、青字部分は、この番組の中で語られた言葉をそのまま聞き書きしたもの。


映画を撮り始める前、血管性認知症の疑いありと医師から言われていた。
監督の手紙「ショック。映画を撮る心労を己に課すことで、認知症なる病魔をねじ伏せる

監督「僕、ほとんどもう認知症になってるんじゃないかと思うんですね。
   そういう風に思うと、ぞっとするんですけども・・。
   相当に思考力は落ちてるんですよ。ちょっと病気のせいばっかりにはできませ
   んが・・、やっぱり現実に考え始めると頭が痛くなって、しびれたようになる。
   ・・それに慣れて、その中から何かを出して来なきゃいけないわけで・・


監督を支え、監督に代わって細かい指示を出したのは、監督補の佐藤雅道氏。
正確な意図さえ伝えてもらえれば、俳優は(自分で)動くと佐藤氏は監督に言う。
監督「正確な意図というのがね・・。中々言えないんだ・・この口が・・
佐藤:監督の意図は、こういうことだろうと私が伝えるから「安心して下さい
監督「是非お願いします!

前日に撮影した内容が思い出せなかったり、登場人物の背景を忘れてしまう事があった。
監督の手紙「認知症の存在は明らかに私の前に実在していますが、私は、負けません

監督「病院には行ってません。(検査で)変に人を小馬鹿にしたような質問をされることはわかってますんでね。”それを言うな!"って、言いたくなっちゃうんですよね

人間の一生とは、その人本人の記憶の総和であると同時に、その人本人についての他者の記憶を足した総和であると思っている。
従ってその人本人がこの世を辞しても、その人への記憶を持つ人々が、この世に生きてある限り、記憶されたことも生きつづけると思う

             森崎監督の著書「頭は一つずつ配給されている」から。


<関連記事>
*「原作漫画の作者 岡野雄一さんと田口ランディさんの対談
*「レビー小体型認知症を描いた漫画集」(介護職員の研修にも利用されています。)
*「ドラマ版 主演女優 草村礼子さんとダンス・ボランティア
*カテゴリ「認知症とは/ケア・介護

39cd.jpg
関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。