スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

9月2度目の帰省1日目(2)夜間せん妄と薬 嫉妬妄想の母

夕食前、再び母の所へ行くと、泣きながら怒り、職員に「バカ!」と暴言を吐いている。
顔つきが、今までの母とは全く違っていて、ぞっとする。
人に対してそんなことを言う母を初めて見たが、職員に訊くと時々あると言われる。

施設長がいないので、職員にリハビリのことで何か進展があったか訊ねる。
(母のリハビリの必要性について問うファックスを帰省前に送ってあった。)
職員の多くは、残存能力(人に支えられてようやく立てるのみ。)の保持のためのリハビリには賛成していると、職員の連絡ノートを見せてくれる。何人もの人が賛成と書いてある。
施設長が戻ったので話をする。
今、施設の担当ケアマネと看護士と共に検討中と言われる。非常に慎重な態度だ。
言葉には出ないが、転倒骨折の可能性を心配しているのだろうと思う。正常な家族なら事故の可能性を承認できるが、今の父は、どんな騒ぎを起こすかわからない。施設長も困っているのだと感じる。

母が、相変わらず毎晩寝ない(叫び続ける日もあれば、独り言を言い続ける日もあれば、10回もトイレに連れて行けと言う時もある。)ことを私は申し訳なく思うが、施設長は「それが仕事なので、別に構わない」と言う。
薬で眠らせようとするより、昼活動し、夜寝るというリズムを根気良く作っていくのが望ましいと言われる。
まだ入所して1ヶ月も経っていないので、焦ってはいけないと。
施設長自身は、「アリセプトが原因ではないですか?」と言う。
「以前、暴言、暴力がひどい方がいらっしゃって、精神薬を使ったらすぐ大人しくなったんですが、短命になられましたよ」
薬についてしばらく話をした。

母は、自室に連れて行っても職員の悪口を言っては泣いていた。(人の悪口を言うような人ではなかった。)
私は、母の服を半分秋物に入れ替えながら聞いていた。父は、床に座り込んで黙って母のむくんだ足をさすっている。
服を入れ替え終わった私は、母の肩を抱き、手を握り、びっくりしたように言った。
「あれ~?!お母さん、何、この素敵な指輪!きれい!」
「いいでしょ?お父さんがくれたんだよ」母は、嬉しそうに言う。
「みんなきれいだねって言ってくれるよ。お父さん、毎日来てチューもしてくれるよ」
母は、機嫌を直す。車椅子で炭坑節を歌って踊って、皆を笑わせたのだと話す。
「ここも別に楽しくないって訳じゃないの・・」
「お母さん、昔っからそうだよね。いつも回りの人を幸せにしてきたよね」
「そんなことはないけど・・。どうしたら皆を笑顔にできるかなって、いつでも考えているよ」

しかし数分もしない内に、また泣き始める。
「私が、こんななって何もできないもんだから、お父さん、他の女の人の所に通うようになって・・」
母の小さくなった目から大粒の涙がポロポロこぼれて止まらない。
「そんなこと、有り得ると思う~?!お父さん、お母さんにぞっこんだよ~!それはお母さんの病気が思わせる悪い夢なんだよ」
父は、母の足をさすり続けながら泣いている。
父は、部屋に飾ってある金婚式記念の写真を持って来て母の目の前に差し出し言った。
「俺には、お前しかいないぞ!50年間お前一人だぞ!」
「でも、お父さんだって男だから・・・」母は、何を言ってもいつまでも泣き続ける。

おどけて見せたりして、なんとか母の気分を変える。父はそわそわし始める。
母「お父さん、もう帰りたいみたい。ありがとう。もう帰って。またね」
母は、辛さを懸命にこらえながら言う。
私は、母を強く抱きしめ、父は、母のおでこにキスをした。(毎日していると聞いたが、初めて見た。)
妹の話では、しばらくこの「泣く、怒る」状態が続いているのだという。
関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。