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ホームホスピスで看取る

2013年11月16日の日本経済新聞夕刊から抜粋。
2013年11月18日の「あさイチ」でもエンディングノートを取り上げていました。
終末期をどこで、どう過ごしたいか、どう人生の幕を閉じたいかは、50代から考えておきたい大切な問題だと思います。親とも、なるべく早い時期から話し合っておきたいです。


  <「家」で看取る  市原美穂さんに聞く 
            疑似家族と穏やかに 最期まで生活支える  >

民家を借り、末期がんに認知症を併発したりした高齢者らを受け入れるホームホスピス「かあさんの家」を宮崎市に開設(2004年)した市原美穂さんへのインタビュー。

「かあさんの家は、自宅でも施設でもない『もう1つの我が家』。日常の衣食住は、ヘルパーが24時間体制で援助し、かかりつけ医や訪問看護師、訪問歯科医、理学療法士など地域の様々な専門職が支えます。
針灸師が施術に、美容師が髪を整えに訪れ、アロママッサージや音楽療法のボランティアも来てくれます。ここから外部の事業所のデイケアやデイサービスに出かける人もいます」

「現代の死は(略)デジタルで可視化されているけれど、家族には実感が湧きません。
それは、声をかけたり体を触ったりし、脈や息が絶えるのを感じることで大切な人の死を受け入れていく伝統的な看取りの文化の消失です」

かあさんの家は、30〜40坪の民家に5人が入居し、スタッフ5人が支える。
気配が感じられるこの広さと人数が最適です。掃除や洗濯の音、人の話し声が終始聞こえ、食事の匂いが漂う穏やかな暮らしの空間だからです」

「ある男性が亡くなった時、(略)入居者の女性が胸に手を当てて『立派な旅立ちでした。またお会いしましょう』と話しかけました。仲間が看取られながら眠るように逝くのを目の当たりにすることで入居者はさらに安心されるのではないでしょうか」

「生活の場での看取りケアは、最後の1日までその人らしく生きるための援助です。
人の手を借りなければ生活できない状態になっても、最後まで大切にしてもらえているという幸福感や感謝の気持ちに包まれて臨終の床にいたいと誰もが願っているのではないでしょうか」

「都市には大量の空き家があります。そこを自宅に近い形で暮らせる場にしてはどうでしょう。地域に医療や介護の基盤があれば、決して不可能ではありません」

宮崎で生まれたホームホスピスは、全国14カ所に広がり、7カ所で開設を準備中。


<関連カテゴリ・記事>
*カテゴリ「死を受け入れるために
*カテゴリ「介護家族の心理変化・気持ち
*「意識がないように見える人に話し掛ける

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市原美穂さん(写真は社会貢献支援財団HP「受賞者紹介」から
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No title

母のときに、在宅で不可能になったらとホスピスを探しましたが、認知症は受け入れられず、そのときになったら、また相談してみてください、可能性はゼロではないけれど、、と家族としては、先が見えなくなって不安が生まれました。分け隔てなく受け入れる姿勢のところはまだまだ少ないですね。
でも先日の山形GH大会では、GHの充実にむけてみなさん前向きだったのが
とても印象的で、希望が生まれました。また施設はやはり経費の問題もある。在宅ホスピスは支援チームがいれば可能なので、そういう面がもっと充実してほしいなあと思っています。

ygraciaさん

認知症の場合は、病院が受け入れを嫌がる、家まで診療してくれる医師はいない・・。
じゃあ、介護家族は、どうすればいいんだという状態ですよね。

どうすれば、皆が安心して過ごせるのか、自分も安心して病気になれるのか、真剣に考えなければいけない時だと思います。


GH(グループホーム)の家庭的な雰囲気は、本当に良かったと、今でも思い出します。
常に近くで人の気配がする、声が聞こえる、料理の匂いがする、別室の人が尋ねてくるという生活は、動けなくなった母には、とても大きな慰めでした。
入浴させることができないという理由で特別養護老人ホーム(特養)に移りましたが、GHと比べると、どうしても家庭的なあたたかさに欠けます。

自宅介護をしていた頃、母が通っていた民家を使ったデイサービスもとても良かったです。
託児所と一緒になっていて、(時間によって)赤ちゃんやら子供やら皆一緒に居るんですよ。
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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