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認知症は介護者の気持ちを模倣する(新聞記事)

2013年11月5日の朝日新聞に「認知症を患う方は、介護者の感情をそのまま模倣する」という記事が載りました。→記事全文

母を見ていると介護者を写す鏡のようだと以前書きましたが(→記事)、それを証明した論文があるのだと初めて知りました。

以下、青字部分は、その記事からの抜粋です。

アルツハイマー病では、他者の感情への感受性が高まり、一部の患者では記憶力や思考力の低下に伴い、それが強まるようです。
つまり、介護者が不安や怒りを感じていたり、逆に落ち着いた楽しい気分でいたりすると、患者はその感情を模倣するのです。
アルツハイマー病患者は、たとえ社会的状況を理解することが困難となってきても、このような方法で他者とつながっており、介護する人が幸せな気持ちでいれば、患者さんも長期にわたり穏やかで幸せな気持ちを維持することができるのです。 (筆者:笠間睦氏)



では、いったいどうすれば、介護者が、幸せな気持ちでいられるのでしょうか。

大勢の人たちに自ら支援を求め、支えてもらうことが、第一歩だと私は思います。
家族会、ケアマネ、施設・介護職員、ヘルパー等。できれば近隣の方、友人、親戚も。

人に頼り、甘えること、世話をかけることに罪悪感を抱いてしまうなら、それを固く握りしめている指を1本づつゆるめ、手を離し、「小川の流れ」に放ってみましょう。
川のそばで、せせらぎを聞いて立つ(座る)自分をイメージしてみて下さい。
自分を傷つける気持ちを、いつまでも握りしめている必要などどこにもありません。

また、介護する家族が、心身ともに疲れ切っていたら、心の安定を保つことは困難です。
心と体、両方の疲れを減らしながら介護を続けられる方法、或は、介護を休む方法を援助者と一緒に考えましょう。
そうした方々は、豊富な経験と思いも付かない知恵を持っているものです。

悩みは、一人で抱えている限り、更に重く、暗く、大きく育ち続けます。
勇気を持って、まず、人に話してみましょう。
言葉にして口から出た途端に、悩みは勢力を失い、代わりに新しい道が見えて来ます。

あなたの悩みを真剣に聞いてくれる人は、決してあなたを叱ったり、見下したり、笑ったりはしません。
家族が病気になったことは、誰が悪いのでもなく、恥じることは、何もありません。
介護に疲れ、怒りや不安を感じるのは、誰にでも起こるごく自然な感情です。

(これは、自分に向けた言葉でもあります。)

<関連記事>
*「母親の介護はなぜ辛いか
*「認知症介護家族の心理の変化の過程
*「怒りを消す方法(1)」 (2)
*カテゴリ:「介護家族の心理変化・気持ち

P1020790_2_convert_20131108200333.jpg
菊(キク)
お寿司屋さんの前にあったこの花を撮っていると店から店主が飛び出して来て
色々熱心に解説して下さった。菊の世話をしているせいで健康だと言われる。
植物には、そういう力があると思う。動物とは、また少し違った不思議な力が。

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コメントの投稿

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しばさん

父の介護というより、協力し合うべき母に困り果てて疲れきってブログを読みました。
明日はどこかに相談してみようかなと思いました。

認知症って心が子供にかえる様な感じですよね。私には子育ての経験がありませんが、父と接していて思います。私が笑うと父も笑い、父が笑うだけで一日の疲れが吹っ飛びます。

で、菊の写真の美しさに感動!私、菊が好きなんです。今日も父と菊の花を持ってお墓参りに行きました。写真に続く文にも癒されました。

karaさん

お疲れさまです。是非相談をしてみて下さい。

私は、よく3つ以上の所に相談することを人に勧めています。
包括支援センター等、1カ所に相談して、問題解決を諦めてしまう方がよくいらっしゃるんですが、それではもったいない。

ケアマネが10人いれば、言うこともみんな違うんです。
3カ所に相談すれば、3つの違うアドバイスをもらえます。
3つのアドバイスをもらえば、自分の抱えている問題をより客観的に、より立体的に、クリアーに見ることもできます。

非常に優れたアドバイザーがどこにいるかということも実際に相談してみなければわかりません。
諦めずにあちこちに相談して頂きたいです。

(家族会は、最も広く豊富な経験のデータベースだと思います。日常の介護の方法、介護サービス、医療までありとあらゆる経験談が集まる場所ですから。)


介護される方以外の家族(或は、親族)のことで悩んでいらっしゃる方は、非常に多いと思います。
家族とはいえ、それぞれ違う(長い)人生を送ってきたので、考え方も取る行動も一人ひとり全く違いますから。
こうあって欲しいという接し方をしてくれる家族(親族)は、滅多にいない気がします。

私も暴走する父には、ずっと頭を抱えていますよ。
でもどうにもならないですね。
(以前、記事に書いたように)達観なんてできませんが、ある程度諦めなければ、生きていけないです。

「不満は、人を自分の意のままに動かしたいという気持ちが叶えられない時に起こる」と何かに書いてありました。


「私が笑うと父も笑い、父が笑うだけで一日の疲れが吹っ飛ぶ」
本当によくわかります。
笑顔が良い循環を生むんですよね。
逆に怒りや不安が、悪い循環を引き起こします。
悪い循環を断ち切るために、相談することが大事になります。

記事の補足のように書き、だらだら長くなってしまいすみません。

菊、喜んで頂けてうれしいです。
感動って心には、何よりの栄養なんじゃないかと思います。
別に遠くにまで行かなくても、道ばたの花、葉っぱの色、空の青さ、雲の白さ、雨のつぶ、朝焼け、夕焼け・・、感動できるものは、身の回りに意外にたくさんあるんですよね。
疲れている時は、外に出る気にもなりませんが(そしてこれから寒くなりますが)ゆっくり散歩を楽しんでみて下さい。

しばさん

ご丁寧なお返事ありがとうございます。
今日はどこにも相談できず終わりました。父を任され身動きできなかったからなんですが、
だったら一日「娘デイサービス」しようと父を久々電車に乗って鎌倉まで連れて行きました。
鶴岡八幡宮にお参りし、由比ヶ浜海岸まで歩き、浜辺でおにぎりを食べて、波に向かって石投げをして‥こんな年になって父と石投げをする私を少し前まではまったく想像できませんでした。
父は短期記憶もダメですが、今日の事は「石投げが面白かった」とちゃんと思い出しています。楽しい事を沢山にして上げたいです。

父の認知症は何なのか、ますますわからなくなってきているのですが、踏ん張ります。

ありがとうございます。

karaさん

お父様と幸せな時間を過ごすことができて本当によかったです!

一緒に笑える時間というのは、宝物のようなものだと思います。
そうした一瞬一瞬を慈しみたいと私も思っています。

介護と子育ては、似ているとよく言われます。
確かに似ている部分も多々あります。

でも私は、介護の方が、教えられることは、多いと感じます。
(実際にレビーの母から言葉で諭されることも多いです。)

子育ては、(逆縁でない限り)ある意味、自分が死ぬまで続きますが(直接世話することはなくなっても一生心配し、気にかけ続けています。)、介護は、人生の中では、限られた一時期のことではないかと思います。
(介護がとても困難な時期は、人生の中では、更に短いです。)

認知症の中の1割は、専門医にも病名が特定できないと、先日朝日新聞に書いてありました.
大切なのは、病名の特定ではなく、病状が安定し、一緒に笑い合う時間がどれだけ持てるかということだと思います。

追記:
アルツハイマー型がレビー小体型に変わったり、レビー小体型にアルツハイマー型やピック病や脳血管性が混ざったりすることは、稀ではないそうなので、正しく診断されたといっても、それで「一件落着」でもありません。
認知症には誤診がとても多いとか、(病名も含め)脳の中の状態は、常に変わっていく等の事実が、一般にまったく知られていないのは、問題だと思います。

No title

社会学的概念だと無意識に真似する事も模倣と呼ぶみたいですが、「模して倣う」というと、なんだか主観がある感じを受けますね。

認知症患者の気分の伝播は、大脳で論理的な判断のフィルターがなくなった結果、周りの人間の感情を扁桃体が直接捉えて、自分の気分を誘導するんじゃないかな? 2〜3歳児が母親の気分を敏感に感じ取るように。
この気分の感染は、ローレンツ博士が動物行動学で唱えていました。
人間に現在残っているのは、あくびくらいですって。

でも、認知症の人が周りの気分に引きずられるのは良く分かります。
最近、義母の担当職員が変わりました。新しい人は大柄で表情豊かで、声も大きく、よく笑い、よくしゃべる明るい人です。義母の能力も軽視しないで、「とろみをつけたみそ汁を嫌がっていたので、液体に戻したら完食するようになりました」とか、「ご飯もおかゆからおにぎりにしたら、おいしいって食べてくれます」と、本人の意思を尊重して関わってくれます。

そして、今まで表情に乏しく、何にも積極性を見せなかった義母が、突然変わりました!動かなかった右手に匙を持って食べられるようになり、「ホールの生け花を見たい」とか、周囲に関心を持つようになりました。表情も良くなり、語彙も多くなったんです。

職員も、家族も、医療関係者も「どうせ忘れるから」とネガティブな気持ちを持たないで、「今この瞬間喜んでもらいたい」という積極的な気持ちで接すれば、きっと患者さんも響いて応えてくれますね。

私も面会では、いつもいっぱい笑って、何でもいいから楽しい思いをさせてあげたいと思っています。最近では毎回「お義母さん、何歳か分かる?」「忘れた」「80歳だよ!」「へえぇ〜!」と驚かしては二人で大笑いしてます。まるで何度も同じ漫才を繰り返してるみたいだけど、本気で驚いてくれるのが楽しくて・・・

kimiさん

コメント、うれしいです。ありがとうございます。

私も「模倣?」って思いましたが、言葉の定義が違うんですね。

お義母様、本当に良かったですね!
介護施設って、本当にたった一人の態度で劇的に変わるんですよね。

以前記事に書いたユマニチュード(接し方のテクニック)にあるように接すれば、穏やかになるのは、当たり前だと思います。
人間なんですから。
敬意を持って接すれば、叫んだり暴れたりすることは、必ず減ってくると思います。
認知症だから暴れるのではなく、人間として扱われていないと感じるからそれに抵抗しているだけです。

一緒に笑うって、最高の接し方だと思います。
でも「それができない」と言う方の方が多い印象があります。
どうしたら一緒に笑えるんでしょうね。




しばさん

kimiさんのコメント読んで、ハッとしました。
今、ちょうど父の年が80才で、80才とは言える様になったのですが、「来年は何才?」と何度聞いても「90才」とこたえる父にイラッとしてしまい、折角その直前まで笑っていたのに81才と答えさせようと必死になってしまいました。
直前の笑いは、リンゴとミカン・キウイを見せて、一つ隠した物の名前を言ってもらうのですが、5割位の確立で「栗!」とか「梨!」とか元々無かった物の名前を答えるのが微妙に季節感があるのが可笑しくて、私が笑ってしまうと父も笑うという具合。
年のことだって笑って済ませば円満に「おやすみなさい」だったのに‥何か出来た時こそ喜んで、些細な事はサラッと流さないといけませんね。間違えも笑いにかえて。

昨夜、最近尿取りパットを汚す事が少なくなった事を思いっきりほめたのですよ。そしたら今日は一度も失禁が無かったんです。出来る事を些細な事でも褒めると更に良くなります。嬉しい事は記憶に残るという事を実感もしてます。
今夜の事は反省です。

No title

私、40を過ぎてからは、考えないと自分の年齢が出て来なくなりました。
自分がヘンなのかと思っていたら、夫も同じで、書類に年齢を書き込む度に「あれ?俺、いくつだ?」と聞きます。(夫もかなりヘンです。)

常夏の国に2年住んでいた頃(20代)は、月を忘れました。
2月も7月も同じ気候なんです。

高齢者の生活って、それにちょっと似ているんじゃないかと思います。
学校行事があるわけでもなく、新入社員が入るわけでもなく、4月も12月も生活は、何も変わらないでしょう?

今日が月曜でも土曜でも、1日でも25日でも、80才でも90才でも、何の違いもないし、知らなくても困らない。
私たちが、明治だろうが森永だろうが気にせず、「同じ牛乳」だと思って飲むのと一緒じゃないかと思います。

子供に牛乳を飲まされて「これ、明治?森永?どっち?」「どうしてわからないの?!全然違うじゃない!なんでそんなことがわからないの?!」って怒られたって、困っちゃいますよね。

命にかかわることでなければ、できなくたって、忘れたっていいじゃないかと思うようにしています。
いい加減の方が、なにより自分が楽ですから。


お父様、1日ちゃんとトイレに行けたなんて凄い!
これからも少しでもたくさん、一緒に笑って過ごせるといいですね!
プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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