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父の問題

父の提案で、妹と妹の子どもと一緒に母を連れ出して外食したという。
母は、何とか普通に会話もできたようだ。
父は、口の回りが汚れていても全く平気でいたと妹が言う。
言われてみれば、私も帰省時に、何度か父に「顔にお弁当付けてるよ」と注意をした。
父は、無口になったとも妹が言う。確かに前回の帰省の時から急に口数が少なくなったと私も感じていた。

帰省時、父は、汚れのひどいズボンをはいていたので、私が洗うと言ったが、「うるさい!」と怒った。
仕事用の上着もどれも汗臭かったので、父が居ない間に全部洗っておいた。
はいた靴下は、家中の床に放置されていた。
洗ったのか洗わないのかよくわからない服が20着以上、常にダイニングの椅子の上に山積みしてあり、片付けようとすると怒った。一度片付けたら、場所がわからなくなるのだろう。
兄のパジャマや枕カバーやシーツなどは、悲惨な状態で、手で何度こすり洗いをしても中々汚れが落ちなかった。

母は、穏やかに夕食を楽しんだようだが、帰り道が、自宅とは方向が違うとすぐにわかり、「どこに行くの?!私は家に帰るんだよ!」と怒り出したと父が言っていた。そのまま手がつけられない状態だったので、グループホームの職員に任せて、自分は帰ってきたという。
父「参ったよ。本当は、家でお母さんを風呂に入れてやるつもりだったんだがなぁ・・」
母は、グループホームでお風呂に入っているのだから、その必要はない。ほとんど歩けない母を風呂に入れることは危険だと父を説得しようとした。けれども父は、危険性をまったく理解しない。
父「お前、知らないのか?お母さんを風呂に入れるのは、俺が一番上手いぞ。プロより上手いぞ」

母は、先日、父に「20万円必要になったから持って来て」と言ったらしい。
妹は、いつか父が実際に持って行くと感じて、グループホームに伝えたようだ。
母にお金を渡してはいけないということは、私も何度も父に言っている。
帰省時に施設長にも相談した。けれどもいつか父は、母にお金を届けるだろう。

父の所有管理しているアパートは、水道メーターを毎月検針して料金を調べ、一軒一軒に請求書を入れなければいけない。それは長年母の仕事だった。
3月初旬にも母は、階段を四つん這いになって登ってメーターを検針して来たと電話で言っていた。(それ以後、母は、急に歩けなくなった。)
検針は、父か妹に代わってもらうよう何度も言ってあった。母が、最後に検針した数字は、滅茶苦茶だった。
妹の話では、この数ヶ月、検針と請求は、滞っている。
(他にも色々面倒な問題があるが、全て放置されている。)
水道メーターを全部取り変えれば市が自動的に請求するようになると、妹が、父に勧めると既に手配してあったという。
しかし父の認知症のせいなのか、業者の不親切のせいなのか(両方なのかもしれない)不適切なメーターを取り付けられて、再び全部取り変えるはめになった。6万円が無駄になった。

6万円で済んでいる内はいい。
妹に、お金のからむことは、父一人に任せてはいけないと伝えた。
妹は、一緒に住んでいる訳ではないのだから、父の行動全てを監視することなど不可能だと言った。
確かにその通りだ。
父は、今まで病気とは全く無縁に生きてきた。足腰も丈夫で、常にエネルギッシュに動き回る人だ。

父への病気の告知は、明後日に迫っている。その時以外、父を説得する機会はないと思っている。
(医師は、病気を告知されたこともやがて忘れると言った。)
運転を止めること。仕事(自営業)を辞めること。妹を成年後見人として、お金の管理を任せること。
父の性格、生き方、判断能力の低下、どんどん強くなっている猜疑心を考えると、どれも受け入れそうにない。
でも説得するしかない。説得するしかないのだ。
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プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

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