スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

苦しみと共に生きることは不幸か

<先日コメント欄に書いたことを記事にして欲しいというご要望を頂いたので、少し書き足してここに載せます。>


レビー小体型認知症では、(多くの方に)記憶力が保たれます。
病識(自分が病気である自覚)があり、徐々に悪くなっていることも、家族に迷惑をかけていることも自覚されている方が多いです。
残酷といえば、本当に残酷な病気です。

でも私は、逆に、それも1つの人間らしい生き方ではないかと思うようになりました。

すべてを忘れて生きるのも1つの生き方です。
でも、すべてを背負って、その苦しみと共に生きることには、大きな意味があるのではないかと思うようになりました。

先日、「キャタピラー」(若松孝二監督。2010年)という戦争を描いた映画を見ました。
主人公(寺島しのぶ)の夫(大西信満)は、戦地で女性に残虐なことをしているのですが、罪悪感を持たず、国から与えられた名誉に酔っています。
しかし意識が正常化していくと共に、自分のしたことに対する罪悪感に深く苦しめられるようになります。

私は、それを見て、苦しみと共に生きるということは、人間らしい生き方なのだと思いました。
人間らしい心があるから、苦しみ、悲しみ、痛み、悩みがあるのではないでしょうか。

介護家族が、苦しむのも、家族を愛しているから。
もし何の愛情もなければ、今ある苦しみも悲しみも悩みもないでしょう。

死別がつらいのは、愛しているからです。
その人との間に、深い、豊かな気持ちのやりとりがあったからです。
そんな心のつながりさえなければ、人は、死別の悲しみを感じずにすみます。

苦しみには、(その時にはわからなくても)きっと深い意味があるのだと思います。

楽な人生を幸せな人生とは、呼べないでしょう。
与えられることの多い人生と与えることの多い人生は、どちらが幸せなのでしょう。

レビーは、最期まで、人に多くを与えることのできる病気だと思います。
私は、レビーになった母から多くを与えられてきました。
私は、レビーと共に、苦しみと共に生きる母の人生を、豊かだと感じています。

<関連カテゴリ>
レビー小体型認知症は「認知症」なのか?(この病気の本質・問題・接し方)
*「介護家族の心理変化・気持ち
*「死を受け入れるために

P1010529_convert_20121016063723.jpg

関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

<しば>

Author:<しば>
私は認知症について希望を持てる情報を集め、共有している一介護家族です。医療・福祉の従事者ではありません。

特定の医師・治療法等へのこだわり、信仰する宗教はありません。
認知症に関連するビジネスもしていません。
掲載する情報は正確・公正であるよう努めています。

このブログ内の記事は、出典さえ書いて頂ければ、自由にコピーして資料等として使って頂いて構いません。リンクもご自由に。

’13年5月から「レビー小体型認知症介護家族おしゃべり会」(全国に広がる家族会)公式サイトに「しば記者デスク」「体験記」というコーナーを頂き記事を連載中。(こちらの記事は会に著作権があります。)

ツイッター:しば@703shiba

*レビー小体型認知症の症状やチェック方法は、カテゴリの一番上「症状チェック」を。


母 '05パーキンソン病と診断。’10.3月要支援2→要介護4へ激変。5月レビーと診断。2度の転倒骨折入院の後、自宅介護が困難に。8月末グループホーム入所。’11年3月に圧迫骨折で寝たきりに。7月特養入所・要介護5に認定。'12年要介護4に回復。’14年なぜか要介護5になるが穏やかで普通に会話が可能。
S13(1938)年生まれ。

父 ’10年9月ピック病(前頭側頭型認知症)と診断。
昭和2桁生まれ。

私 ’60年代生の女性。300km離れた所に住む。日々の介護はきょうだいに頼り’10年から月1回、’12年から1〜2ヶ月に1回帰省。

好きなこと:読むこと・書くこと・草花の写真を撮ること等々。

*記事に付けた花の写真は私が撮影したものです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。